2020年12月18日付け朝日新聞朝刊、鷲田清一「折々のことば」2026では
仏文学者渡辺一夫の随筆集『五つの証言』から、次のことばが取り上げられています。
「自己批判」を自らせぬ人は「寛容」にはな
り切れないし、「寛容」の何たるかを知らぬ
人は「自己批判」を他人に強要する。
そもそも人間というものは、自らの尺度でしか他者を評価することが出来ないので、人を
許すためには、自分にも欠点があり、完璧ではないので、その人の失敗や欠陥をあえて
あげつらうことは出来ない、という認識を持つことが必要なのでしょう。
このように他者への「寛容」は、必ず自身への客観的な評価や、それに伴う反省を前提と
しなければ、成り立たないでしょう。
そして、そのような「自己批判」をしたことがない人は、逆に自分を棚に上げて、他者に
厳しくそれを求めることとなり、結果「寛容」など吹き飛んでしまうのでしょう。
昨今のネット上の匿名の激しい他者批判、メディアを賑わわせる、過失を犯した芸能人へ
の容赦ない糾弾には、そのような側面があると感じられます。
失敗が許されない社会は、ますます窮屈になる。ただでさえ、コロナ禍でささくれ立つ
心に、塩を擦り込むことにもなりかねません。
このような時だからこそ私たちは、自省を込めて自らの言動を振り返り、他者への「寛容」
を育みたいものです。
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