2020年12月1日火曜日

末木文美士著「日本思想史」を読んで

世界文明史の中での辺境の地で、他国の影響を多く受けていることから大変複雑であると思われる、 日本の思想史を概観するという試みに興味を持ち、本書を手に取りました。 まず、日本思想史を江戸期までの大伝統、明治維新から第二次世界大戦敗戦までの中伝統、そして 戦後の小伝統に分ける区分と定義に、分かりやすさ、潔さを感じました。 すなわち、大伝統においては、思想構造を両極の王権、神仏に関わるものと、その中間に位置し、 両極の影響を受ける学芸ー生活の分野に分け、その中の王権を中世においては、院ー帝ー摂関と、 将軍ー執権の均衡関係によって成り立ち、近世においては、院ー帝ー摂関の公家階層と、将軍ー 大名の武士階層の均衡関係によって成り立つと捉えます。 このように分類すると、小異例外はあっても、中盤までは中国文明の大きな影響を受け、終盤には 西洋文明の影響を受けた、また権力構造も時々で変化を遂げ、宗教上も在来の神道と、移入された 仏教の間の親和的であったり、反発的であったりする込み入った関係などが織りなす、この時期の 日本思想を、ある程度簡潔に描き出すことが出来ます。 次に中伝統においては、大伝統の両極構造から天皇中心の一元的なピラミッド構造への転換と捉え、 その上で、この構造の世俗的な「顕」の側の頂点の部分には、西洋の新しい思想文化の導入による 大日本帝国憲法の制定、下部には教育勅語に代表される忠孝の道徳倫理を置き、他方宗教的な「冥」 の側の頂点の部分には、天皇の祖先を祀った神道を据え、下部には一般国民が先祖を祀る仏教が 置かれています。このような構造からは、西洋近代的な思想と伝統的な家父長的な価値観のねじれた 併存が見られます。 小伝統においては、伝統的な価値観を棚上げにして、理想的民主主義を導入、しかし実質上は アメリカ依存の歪んだ独立国家状態が続きます。 各区分の詳細は省きますが、この区分方法こそが本書の肝であり、それに沿って俯瞰すると、日本 ではいかなる権力構造の時代にも、天皇の皇統がその一翼を担ったという特殊な事情が見え、また この国は、相対的に他の強力な文明から様々の影響を受けながら、それを自国に適合するように アレンジし、洗練化させる術に長けていることを知り、単に歴史的事象から見えて来る事実だけでは 理解出来ない、地下の思想的水脈の複雑さも、ある程度理解出来るように感じられます。 私のような一般人の目も開いてくれる、好著であると感じました。

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