2020年10月19日月曜日

全卓樹著「銀河の片隅で 科学夜話」を読んで

科学的知見に満ち、理路整然としながら、仄かな抒情を湛える、不思議な肌触りの本です。 ほとんどの話が、科学音痴の私にとっては、目から鱗が落ちる思いがしますが、特に印象に残った数編を 以下に記します。 まず、『ベクレル博士のはるかな記憶』、パリ自然史博物館の主席研究官アンリ・ベクレルは、レントゲン の発見したX線が、蛍光物質を塗った紙を光らせることをヒントにして、太陽光を当てると蛍光を発する、 ボヘミアグラスの緑の発色に使われていた、「ウラニウム塩」に注目します。 そして実験を重ねて、ウラニウム塩が自分自身で自然の放射線を放っていること、同じ科学者である父親 からかつて聞いた逸話をヒントに、その放射線は、平行に離れて置かれた感光紙をも、感光させる作用を 及ぼすことに気づきます。こうして彼は、ウラニウム放射能を発見したのです。 後に人類の歴史に、過大かつ取り返しのつかない影響をもたらすことになる放射線が、一人の科学者の 個人的着想、記憶から生み出されたこと、そして彼自身が、放射線強度を示す「ベクレル」という単位に 名を残しながら、放射線の犠牲となって、短い生涯を終えたことが、余韻として残りました。 次に『付和雷同の社会学』、数理物理学的社会学の学者ダンカン・ワッツ博士が、ネット上に音楽ダウン ロードのサイトを作り、約1万5千人を対象に、対象者に気づかれないように9つにグループ分けをして、 18組の新人アーチストグループの48曲を評価してもらう実験を行います。 グループ内の他者の評価ランクが見られない1グループと、見られる8グループを作り、それぞれのグループ の評価結果を見ると、他者の評価が見られないグループより、見られるグループの評価が偏り、しかも全 グループに共通の評価の高い曲、低い曲があるものの、各グループ固有の評価が高い曲があることが分かり ました。 これにより、人は往々に他者の評価が高い曲を好む傾向があり、またその過程で、偶然が作用するという ことが証明されたということです。人間の行動傾向が、数理的な実験で解明されたことに、驚かされました。 最後に、『分子生物学者、遺伝的真実に遭遇す』。ノーベル賞分子生物学者ポール・ナース博士は、 アメリカの永住許可証の申請の折に、自分の出生証明に不備があることを知り、初めて戸籍上の自分の姉が 実の母親であることに、気づきます。姉が未婚の母になることを防ぐために、両親がそのような計らいを したと分かるのです。 遺伝子の研究で多大な業績を上げた博士が、自らの出生の謎を知るために、実の父親探しの新聞広告を出し た、という話です。先端科学では解明出来ない、生身の人間の感情的な営為との対照が、面白かったです。 その他、アリの集団的行動の考察も、興味深く感じました。各話に付されている挿絵も、洗練され、魅力的 でした。

0 件のコメント:

コメントを投稿