2021年6月12日土曜日

アンソニー・トゥー著「サリン事件死刑囚 中川智正との対話」を読んで

オウム真理教の一連のテロ事件から早20年以上の歳月が流れましたが、ちょうど地下鉄サリン 事件が阪神淡路大震災の直後ということもあり、また新興宗教の教団が、実際に毒ガスを使っ た無差別テロ攻撃を行ったという事実の衝撃も重なって、これらの事件が、私の記憶に鮮明 に焼き付いています。 そのオウム教団の主要な幹部であり、医師でもあった中川智正死刑囚が、生物兵器、化学兵器 の専門家だる、世界的毒物学者アンソニー・トゥー氏と面会を重ねるうちに、教団が如何に して凶悪な事件を引き起こすに至ったか、その中での自らの役割、また逮捕後の心境などを どのように語ったかは、私にとっても大いに興味を惹かれるところでした。 さて、トゥー氏は最初日本の警察の要請もあって、ーその理由で、彼は中川死刑囚と未決囚の 頃から、面会を重ねることが出来ましたー教団の毒ガス製造過程を知ることを目的に、面会に 出かけました。従って、彼が限られた面会時間の中で話題にしたことの大半は、誰がどのよう な方法で毒ガスを製造し、どのようにして一連の事件に用いたか、ということでした。 トゥー氏の質問に、礼儀正しく、適切に答える中川死刑囚の受け答えを読んでも、化学の知識 に乏しい私には、毒ガスの製造方法のことは分かりません。しかし、製造と使用の説明の過程 で、それを担う各信徒の役割及び行動に言及した部分では、それぞれの人物の性格や教団の 体質が自ずと浮かび、興味深く感じました。 トゥー氏が面会を繰り返すほどに、中川死刑囚の心の傷に触れない彼の節度ある態度や、質問 内容が化学に関わることに限られるという、互いの興味の対象の共通性による親しみもあって か、中川死刑囚は心を開いて行ったように思われます。 彼の同じく罪を問われる同僚信徒を思いやる言動や、このような事件を二度と繰り返さない ために、マレーシアで起こったVX炭そ菌テロ事件の捜査に、積極的に協力しようとした姿勢は、 彼の犯した罪が一切の弁明の余地のないものだるにせよ、もし彼がこの教団に入信しなければ、 どれほど社会にとって有用な人物に成り得たかを、示しているように思われます。 人間の思想信条というものが、社会情勢や置かれた環境に大きく左右されるということ、また、 宗教の力とカリスマ的な扇動者の従う者に対する絶大な力について、改めて考えさせる、鋭い 問題提起を含む書でした。

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