2020年11月24日火曜日

バルガス=リョサ著「密林の語り部」を読んで

南米文学の魅力と特徴としてよく語られる、マジック・リアリズムの起源の一つには、この大陸に 今なおアマゾンという広大な未開のジャングルが、残されていることがあるのではないでしょうか? ペルーのノーベル文学賞受賞作家によって生み出されたこの物語は正に、私のそんな思いを強くして くれる作品です。 アマゾンは近年益々文明社会に浸食されて来ているとはいえ、現地の人々にとってその存在は絶大 で、その地域には原始時代以来の生活を営む民族がおり、心ある人は、その落差に向き合わざるを 得ません。 そのような環境にあって、語り手の友人、顔の右半分に大きな痣があり、赤毛で少数派のユダヤ人に 属する、民俗学を志す青年は、アマゾンの未開の人々の文化に魅了されて行きます。 最初はあくまで、文明人の立場からの純粋な学問的興味であったでしょうが、それは次第に、未開 民族に同化する願望へと変わって行きます。その特異な変容には、彼の容姿、置かれた立場が大きく 関わっていると思われますが、同時にアマゾンの未開の文明の豊かさ、それを切り崩して行く文明 社会の罪過が、強く影響していると思われます。 さて凡百の小説なら、文明社会側の視点から、このそれだけでも十分魅力的な物語が、語られるだけ に終わるのではないでしょうか?しかし、本書がより輝きを放つのは、アマゾン原住民社会に同化 したと思われる青年(その確たる証拠は、どこにも記されていません)が、その社会で人々がジャン グルの過酷な環境で生きて行くには欠かせない、語り部の役割を担っており、その語り部が実際に 部落を回って語っている神話や説話、体験談や仲間の消息、周囲の情報などが混然一体となった話 を、恐らく原型を損なわない魅了的な文体で、記載していることです。 物語の進行と入れ子式に、語り部の語りの章が挿入されることによって、原住民の文化とジャングル での生活の豊かさ、更には、原初的な人類の逞しさ、叡智が明らかになります。そして語り部という 役割が、文学というものの始原をなす存在であり、現代の社会においても、人間が生きて行く上で 欠くことの出来ない要素を含むものであることが、見えて来ます。 正に、重層的に織りなされた、人間存在の根本を問う小説です。

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