2020年9月11日金曜日

山口桂著「美意識の値段」を読んで

私のような一般の美術好きにとっても、オークションは自分が参加することは想像できなくても、気になる世界です。 ましてやつい先日話題になった、伊藤若冲作品で有名な、プライスコレクションの一部の出光美術館への譲渡の橋渡し をしたのが、著名なオークション会社であることを知ると、ますます興味が湧いて来ます。 本書の著者は、正に先ほどの取引を仲介した、世界の二大オークションハウスの一つ、クリスティーズの日本法人社長 で、長年日本美術担当の鑑定、査定の責任者である、スペシャリストを務めて来た人物です。どんな話が飛び出すか、 わくわくする気分でページを繰りました。 著者の経歴からして、やはり実際のオークション出品作品の事例紹介が面白いです。例えば、『伝運慶作 木造大日 如来坐像』。この仏像は、個人が所有しているために、重要文化財に指定はされていなかったのですが、それに匹敵 する秀作で、所有者は匿名でのオークション出品を希望して、最初著者に対しても氏名を明かさないメールでの連絡を 求め、初めて会う時も日時を指定して、その当時この仏像が展示されていた東京国立博物館の当の像の付近で、所有者 から著者に声をかけるという、スパイ映画さながらの展開であったといいます。 そして、ついにクリスティーズのオークションに出品されることが決定した後も、文化財未指定の運慶作の仏像が流出 の恐れ、と新聞に報道されたり、売却反対運動が起こったといいます。それから、オークション出品のために像はニュ ーヨークに渡り、結果として日本の宗教団体に、日本美術品の史上最高価格で落札されて、この国に帰って来たそう です。本当に劇的な顛末に、驚かされました。 また、実際の事例以外の部分で印象に残ったのはまず、日本美術作品を日本人以上に愛し、大切に扱う、外国人コレ クターがいることです。上記のプライス氏にしても、作品のためを思って日本の美術館への一括譲渡を決意したこと からも分かるように、このコレクターの手に渡れば、日本で保存条件の良くないところに放置されるよりも、遥かに 作品は良い状態に保たれるということです。この点は、認識を新たにしなければいけません。 更に、美術作品の善し悪しを見極める能力は、人間のそれを見極める能力にも通じるという、著者の言葉にも感銘を 受けました。ものの本質という部分において、通じ合うところがあるのかも知れません。 美術の価値が、価格のみによって評価されるとは思いませんが、価格の部分だけにおいても、ここまで厳密に公正を 記して行われる取引は、その時点において大きな説得力を持つことに、改めて気づかされました。

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