2021年5月21日金曜日

ノヴァーリス著「青い花」を読んで

ドイツロマン派の詩人ノヴァーリスの小説です。作者が夭折したために、未完に終わりまし たが、それでも魅力に満ちた作品であると、感じました。 詩や人文智が至高の存在であった時代の小説で、作者自身も貴族階級の出自、世俗的な憂い とは無縁の人の、混ざりけのない人生の理想を求めるような、あるいは夢見るような物語で、 現代の高度に発達した資本主義社会の中で、時間や金銭の算段、合理性の追求の圧力に急き 立てられ、また満ち足りない思いや疎外感に囚われる私たちにとって、はたしてこの小説が 実感を持って心に響くのかという疑念も、ないことはありませんでしたが、読み進めるうち に、主人公の一途に美と愛を求める真摯な姿が、今は疎んじられ勝ちな、文学的叡智の豊饒 な可能性を示してくれるようで、私は勇気づけられるものを感じました。 さて、この小説を読み進めるうちに気づいたり感じたことを書き記すと、まず、ヨーロッパ の詩歌が、ギリシャのそれの伝統を色濃く引き継いでいるということ。これは、近世以降に 顕著なことかも知れませんが、私たちはヨーロッパ文化というと、直ぐにキリスト教を思い 浮かべるので、その基層にはギリシャ的なものの考え方があることを、再確認させられまし た。 次に、この小説の舞台の時代においては、詩歌というものが特別な力を持っていたという こと。これは日本の宮廷文化でも言えることですが、ある時期までの社会では、言葉の力、 詩歌の力が、特に上流階級においては、必要不可欠な教養であったということ。それも当時 のヨーロッパにおいては、歌合戦の敗者が死を宣告されることもあるという、歌うことが 真剣勝負であったということです。 今日の社会では、科学的な価値観が優先され勝ちですが、人間の感情生活を豊かにする文学 的な言葉というものが、もっと見直されるべきであると、本書を読んで感じさせられまし た。 最後にこの小説の中で、主人公が一夜の旅の宿で出会った老坑夫の人柄と描かれ方が、大変 印象に残りました。この坑夫は労働者としてたたき上げて一流の職人になり、引退後は諸国 を遍歴して有用な鉱脈がないか各地の地層を調べて歩き、また主人公の良き教育者となるの ですが、自らの職業に誇りを持ち、知識の獲得に喜びを見出し、富を求めない姿に、理想化 されているとは言え、ヨーロッパのマイスター精神というものを見る思いがしました。

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