2022年5月3日火曜日

瀬戸内寂聴著「美は乱調にあり 伊藤野枝と大杉栄」を読んで

本作と続編「諧調は偽りなり」と合わせて、伊藤野枝の短くも鮮烈な生涯を描いた、瀬戸内の 評伝小説の傑作を、まず本篇から読み始めました。 伊藤野枝については、アナーキスト大杉栄と共に、関東大震災の直後に憲兵隊に連行され、虐殺 されたという、いわゆる教科書的な知識しか私は持っていませんでしたが、本作を読んで、野枝 は決して単なる大杉の巻き添えとして殺された女性ではなく、男尊女卑に彩られた当時の日本 社会で、女性の地位向上に尽力した、傑出した人物であることを知りました。 本篇では野枝が大杉と恋に落ち、彼とその妻、もう一人の愛人神近市子との四角関係の縺れから、 嫉妬に狂う市子が大杉を刃物で刺す、「日陰の茶屋事件」までが描かれています。 読み終えてまず、とにかく面白く感じました。直情径行、思い立ったらとことんまで突き進む、 野枝の行動力が小気味よく、お世辞にも品行方正とは言えませんが、読む者は思わず応援したく なります。読者を惹きつけて止まない文体の名調子と合わせて、彼女をこれほど魅力的に造形 したのは、ひとえに筆者の力量によるところが大きいと感じました。直ぐに続編が読みたくなり ました。 虐殺事件も含めて、野枝が大杉と出会ってからのことが、我々一般人にも知られているところ ですが、本作で主に扱うそれ以前の彼女の経歴が、実は彼女の人格形成にとって重要であること が、よく理解出来ました。 つまり、それはダダイスト辻潤とのめぐり逢いです。野枝は、東京の高等女学校で教師であった 辻と出会い、卒業後郷里の九州で、親の決めた男と結婚しますが、直ぐに出奔して敬慕する辻の 家に転がり込み、同棲を始めます。その間彼は、当時としては開明的に、彼女に学問を施し、 女性としての自覚を芽生えさせ、女性解放運動の先駆であった平塚らいてうの「青鞜」編集部へ 送り出します。これらの経験を経て彼女は、社会運動の闘士となって行きます。このような辻の 献身なくして、社会運動家伊藤野枝は生まれなかったのです。 そう考えると後年、手塩にかけて育てた彼女が大杉に奪われることは、彼にとって痛恨の極みと 察せられますが、現代から振り返ってみると、これも運命だと感じざるを得ません。とにかく、 本作の中の彼女らは、身勝手ではありましたが、自分の使命を信じ、全身全霊で生きました。 その生き様は、あくまで清々しいと感じました。

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