2021年10月25日月曜日

ジュンバ・ラヒリ著「停電の夜に」を読んで

1900年代末鮮烈なデビューを飾った、インド系のアメリカの女性作家の短編集です。 全編を読んで、多様な視点からの繊細な語り口に魅了されますが、日本人読者としての私が 特に新鮮に感じたのは、文化も生活習慣も全く違うアメリカで暮らすインド人家族の、その 社会への違和感や融け込むまでの心の揺れを、的確にすくい上げていることです。 これは単一民族を前提とする、似通った価値観、生活習慣を共有する国民が、狭い島国に ひしめき合って暮らす、私たち日本人にはなかなか実感することの出来ない心情で、また それ故に、小説という形でこのような疑似体験を得ることは貴重であると、感じました。 更に、今日の社会のグローバル化によって、私たちが国際的な感覚を身に付けることの必要 性が痛感される中にあって、このような文学がこの国で広く読まれることは、有意義なこと であると感じられました。 さて気になった個別の作品について記すと、まず表題作「停電の夜に」。妻が死産を体験 して関係がギクシャクして来た夫婦。夫は学生の身分で、妻の稼ぎで生活を維持している ことも、夫婦仲に影を落とします。たまたま、二人が住んでいる地域の電気工事のために、 5日間だけ夜の1時間自宅が停電するといいます。その時間に二人は、テーブルの上にロウ ソクをともし、1日それぞれ一つづつ互いに心に秘めていたことを打ち明け合うことにし ます。異国の地で懸命に良き家庭や社会的地位を築こうとする、二人の心の底の傷が垣間 見えて秀逸です。 「ビルサダさんが食事に来たころ」では、作者自身を投影すると思われる少女の家へ、定期 的に訪れて夕食を共にした、紛争続く祖国インドに家族を残す、父の友人ビルサダの面影の 回想が語られます。それぞれが異国から遠い祖国を想う心と、少女のアイデンティティの 芽生えが、巧みに表現されています。 最後にこの本のラストを飾る「三度目で最後の大陸」。職を得て初めてアメリカ、ケンブ リッジにやって来たインド人青年が、下宿した家の家主の百歳を超える白人高齢女性との、 最初はギクシャクした関係を経て、ついには異国で家庭を築くまでの自覚を身に着けて行く 様子を描きます。異国に投げ込まれた人間が、その国で生きて行く覚悟を定めるまでの心の 揺れを描いて、絶品です。

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