2018年1月22日月曜日

「香川愛生の駒音だより 着物が教えてくれること」を読んで

2018年1月16日付け朝日新聞朝刊「香川愛生の駒音だより」では、「着物が教えて
くれること」と題して、将棋女流棋士の筆者が着物を着用して対局することの意味に
ついて語っています。

そういえば何とはなしに見ていましたが、大きなタイトル戦を報じる新聞掲載の写真や
テレビ映像では、将棋棋士が着物を着て対局している場面をよく目にして来ました。

将棋に限らず伝統的な行事、習い事などには着物がよく似合いますし、元来着物を
着用して行われるのが当たり前だったので、着物を着ないと所作も様にならず、その
本当の精神を学ぶことも出来ない、ということが起り得ます。

私は若い頃に能楽の謡曲、仕舞を習っていました。謡曲は動作を伴わず声だけで
表現するので、舞台に上がる時以外には着物を着用することの意義はあまり感じられ
ませんでしたが、仕舞では着物を着なければ足の運び、身体の動き、所作の決め方
が実際に分からず、通常の稽古は洋服で行っていましたが、本当は常日頃から着物で
練習すべきだと、よく感じていました。

さらには謡曲、仕舞の稽古事では、舞台に立った時初めて、自分がどの程度までその
技や精神を習得しているのかを推し量ることが出来ますし、その場面では着物を着用
していることが前提であるとも、感じました。つまり着物を着ないとその深いところは
分からないと思います。

聞くところによると、茶道もそういう要素が大きいようですし、和装に馴染のない人が
これから着物に親しむためには、伝統的な習い事から入るというのも、一つのやり方だ
と思います。

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