2022年11月16日水曜日
富岡多恵子著「ひべるにあ島紀行」を読んで
著者のアイルランド旅行をモチーフにした、当地に没した「ガリヴァー旅行記」の作家スイフト
の生涯に思いをはせながら綴った、思索的な小説です。
私は、アイルランドという国にも、スイフトにも明るくないので、本書がその前提の下に語り掛
ける物語の深い意味を、どれだけ理解出来たか分かりませんが、本書を読んでかえって、知識が
乏しい故の発見、驚きはあったと感じられました。
まず第一は、スイフトという人物の多面性について。彼は高位の聖職者であり、かつ作家でした。
それ故社会批評をはらむ彼の著作は、匿名で発表されざるを得ませんでした。「ガリヴァー旅行
記」でさえそうでした。
私は子供の頃に、児童読み物としてのそれしか読んだことがないので、本書を読んで、このファ
ンタジーと思っていた物語の捉え方が変わりました。
それのみならず彼は、「ドレイピア書簡」という、当時アイルランドを搾取していたイングラン
ドを痛烈に告発する書簡を発表して、イングランド当局ににらまれています。
どうして彼はこのような行動に出たのか?それは彼が、恐らく血縁の関係で結婚を阻まれた、
一人の女性との「激しい友情」とも関りがあると推察され、また、アイルランドの厳しい気候風
土に起因しているとも、思われます。
本書の著者富岡多恵子は、実際に現地に滞在して時空を超えた幻想の世界をさまよいながら、ス
イフトの怒りや絶望の根源にあるものを、あぶり出そうとします。その過程がスリリングでした。
更には、、当時のアイルランドの貧困と窮状へのスイフトの憤りは頂点に達し、彼は貧困層の
多産する子供を、一層食材として供してはどうかという狂気じみた提案もしています。その皮肉
を突き抜けた提案を受けて、富岡の心は架空の国家ナパアイ国に飛び、幼児性愛のおぞましい現場
を幻視しますが、本書が書かれた当時のみならず、今現在でも繰り返される性的目的による児童
虐待の凄惨な事件は、私たちが目を背けたくなる人間のどうしようもない性を、示しているように
思われます。
決して結論が示されている訳ではありませんが、人が生きていくことのたとえようのない哀しみ、
しかし、それでも生きて行かなければならない現実が、肯定感を持って示されているように感じ
ました。
またフィッシュマンズセーターのエピソードも、工芸というものの原点を示しているようで、印象
に残りました。
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