2022年9月6日火曜日

ジョセフ・コンラッド著「ロード・ジム」を読んで

逞しく勇敢だが、筋を曲げることの出来ない、不器用な一人の男の行状を、壮大なスケールで描く 冒険譚です。 1900年前後に執筆された作品ですが、コンラッドは、小説家ではフィッツジェラルドやヘミング ウェイ、フォークナー、更にはエリオット、ジイド、ガルシア=マルケスなどに影響を与え、映画 界でもオーソン・ウェルズやヒッチコック、ワイダ、フランシス・コッポラといった錚々たる監督 が、彼に影響されて映画を制作したということで、本書を読んでも、以降の欧米の小説や映画の ヒーローの原型を見る思いがしました。 一般に物語のヒーローというものは、勇敢で屈強、勧善懲悪を貫く存在ではありますが、心に弱さ や闇を抱えているものです。それ故ストーリーに奥行きが生まれ、読者、観客は、その作品に感情 移入しやすくなります。本書の主人公ジムも、冒険者としての類まれな資質を持ちながら、極端に 自らの名誉を重んじるという性格によって、結局は破滅に導かれることになります。 その生涯は壮絶な悲劇とも言えますが、彼の生き方には一本真っ直ぐな筋が通っているという意味 で、読み終わった後に、読者は清々しい気分に包まれます。こういう読後感においても、この作品 は後続の先駆をなすと思われます。 さてこの小説のもう一つの魅力の柱は、冒険的場面の優れた情景描写です。インド洋から太平洋を 股にかける主人公の遍歴の中で、嵐を目前にして今まさに沈まんとする老朽船の描写の迫真の筆遣 い、東南アジアの島で展開される、現地人と侵入して来た白人のならず者グループとの血生臭い 戦闘を、手に汗握る場面として眼前に現出させる迫真の描写力には、感心させられました。この 部分においても、現代の冒険小説の先駆であると感じられました。 この小説では、ジムの後見人ともいえる、自らも船の船長であるチャールズ・マーロウが、ジム 本人や関係者から話を聞いたり、目にしたことを語り聞かせるという方法で、物語が進められます。 その方法によって、ジムの言動に客観的な視点が加えられ、あるいは、マーロウの彼に寄り添う 感情を通すことによって、ジムというヒーロー的人物の輪郭が、くっきりと浮かび上がるように 感じられます。 彼とは正反対の人間である私もやはり、ジムの人間的な欠点には、共感するものを感じました。

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