2022年9月23日金曜日
浅羽道明著「星新一の思想 予見・冷笑・賢慮のひと」を読んで
我々の世代なら、誰もが通過儀礼のように体験したと感じられる、星新一のショートショート。そして、
最相葉月の初の本格的評伝「星新一 ー1001話をつくった人」で、作家自身が作品から与えるイメージ
とはかなり違う、複雑な人生を生きた人であったことを知ったのでした。
しかし、それにしてもなお、今回初の本格的な作品論である本書を目の前にして、彼の諸作を系統立て
て評論することが可能であるということに、驚きがありました。つまり、彼のショートショートは、
機知と意外性に富んだ設定、ストーリー展開で私たちを楽しませ、予想を超えた結末で期待を裏切り
ませんが、読者にはおおむねそれぞれの作品が、完結した断片と受け取られるからです。
しかし本書を読み終えて、著者が星新一の夥しい作品群を総括して、現代の寓話と結論付けたことには、
納得させられるものがありました。これは著者の並外れた星新一愛と、精緻な作品の読み込みによって
初めて可能となったもので、その点には大いに敬意を表したいと思います。
またこのような星の作品評価が生まれる契機となったのは、作品発表から適宜な年月が経過したからと
いうことも、忘れることが出来ません。なぜなら今日に至って、一見脈絡なく書き散らかされたように
見える作品たちが、現代を照らすずば抜けた予見性を有することが、明らかになったからです。
いわゆるインターネットの飛び交うIT社会の弊害、AI化の急激な進展に伴う人間疎外の問題、星の諸作
は今読むと、来るべき未来に警鐘を鳴らし、私たちが対処すべき課題を問いかけて来ます。その作品の
寓意性は、イソップ童話にも比して、人間の営為の核の普遍的なものを、浮かび上がらせているのでは
ないでしょうか?
こう考えると星新一には、父親の創業した製薬会社の社長を一時勤めながら、事業に失敗したという
負い目を感じさせる過去があり、作家になってからも、読者を飽きさせない商人的な資質を持ち続けた
という本書の指摘から、彼の作品群は、読者の期待に応えたものの集積という側面があることが分かり
ます。
つまり、星新一という卓越した理系の頭脳を有する人物が、読者の願望を集約したものとして創作した
夥しい諸作品が、結果として人間の普遍的なものを指し示すことになったという事実に、大変興味を
感じさせられました。
知的刺激に富む書でした。
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