2022年2月9日水曜日

辻村深月著「琥珀の夏」を読んで

辻村深月の作品を読むのは、初めてです。カルトと思しい閉鎖的な教育団体の過去の行状を 通して、私たちの社会の在り様を問う重いテーマにも関わらず、一気に読ませるストーリー テラーとしての才気は、流石です。 しかしテーマが壮大なだけに、キャラクター設定や話の運びの細部の違和感や、物語の終わ りに、まだ問題が解決されていないようなもやもやが残る物足りなさはありましたが、私 たちの幼少体験と記憶を巡る問題、そして教育の理想について、大いに考えさせられる小説 でした。 ミステリー仕立てでもあったため種明かしは避けますが、物語の発端は、かつてこの団体の 子供たちが集団生活を行っていた施設の敷地跡で、少女の白骨遺体が見つかったことです。 その事件の解明に、自らも小学生の時その施設での短期合宿を体験した女性弁護士・法子が 係わって行くことになるのですが、当然の成り行きとして、当時の記憶を遡ることから話は 進んで行きます。 さてこの団体の教育理念は、子供は親から切り離されて集団生活をし、先生の指導の下自主 的に問答という話し合いを繰り返して生活方針を決め、考え方を深めて行きます。私もかつ て子供の集団生活と専門の教育者による教育が理想的な環境を生み出す、という言説に触れ たことがあります。その時にも、親から切り離される子供は果たして幸せなのか、という 疑問を感じました。この小説も正に、この問題が重い影を落とします。 即ち、小学生の時短期合宿に参加した法子は、この教育方針にある種の理想を見て、そこで 垣間見た合宿生活を送る内部の子供に、親愛の情を抱きます。しかし実際に内部で暮らす 子供は、この団体が不祥事を起こしたこともあって、孤立を深めて行きます。 子供の生育には、出来ることなら肉親の愛情を持った見守りが、必要なのではないか?また 教育には理想は大切ですが、それだけに囚われるのは弊害も大きいのではないか?ましてや それを指導する大人も生身の人間であるから、なおさらです。 主人公法子は、殺人を疑われるかつての内部の友達夏美の心を開くことによって、この団体 の過ちを明らかにすると共に、夏美の心に救いをもたらします。それはとりもなおさず、 法子の記憶をも、闇の中から救い出すことになります。

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