2021年3月7日日曜日

三島由紀夫著「命売ります」を読んで

三島に肩の凝らない面白い小説があると新聞の書評欄で知り、本書を手に取りました。雑誌 「プレイボーイ」に連載されたエンタメ小説であるだけに、確かに彼の代表的な本格小説と 比べて読みやすく、後味もあっさりとしています。 しかし、解説で種村季弘が話すように、三島がある意味書き飛ばしたような小説であるだけ に、彼の無意識の本音が作中に露見しているようにも、感じられます。その点が大変興味 深かったです。 まず、三島の死生観です。本書の主人公である羽仁男は、元々コピーライターとして生計を 立てていましたが、ある日新聞の活字がゴキブリに見えて判読不能となり、人生に虚無感を 覚えて自殺を試みます。それでも死にきれなかった彼は、一度捨てた命と開き直って、自ら の命を売る商売を始めます。 周知のように後年三島は、日本の現状打破のために自衛隊の蜂起を促して、割腹自殺を遂げ ました。その自死の原因には、思想哲学的なものがあるのですが、元来彼に死への願望が あったことも、間違いないでしょう。そしてこの小説の羽仁男には、三島自身が感じる生の 無意味さと死への憧憬、そして死を恐れぬ者への礼賛の念が、投影されているようにも感じ られます。 次に、この小説の前半と後半で、羽仁男の死というものの捉え方、それに伴う行動様式が、 大きく変化していることが分かります。つまり、前半の彼は、命売りますの題名通り、命を 捨てることを恐れない、果敢さで女性を篭絡し、迫り来る危機を乗り越えて行きます。 さながらハードボイルド小説のマッチョな主人公のようです。 しかし後半では、一転彼は命を買われ、狙われる立場になり、何とか自分の命を守ろうと もがき、ひたすら逃げることになります。この心境の変化は、なぜ起こったのでしょうか? 三島は、主人公を最後までヒーローとして描くことを、良しとしなかったのでしょうか? あるいは、出来なかったのでしょうか? 読み進めて行くと、前半の華やかさ、小気味よさに比べて、後半は一気にトーンダウンした ような、宴の後のような雰囲気が漂います。私には、行間に、彼の滅び行くものへの嗜好、 共感が感じられました。あるいは本作が、日本の高度経済成長期に、雑誌に連載されたこと も、関係しているかも知れません。 いずれにしても、我が国を代表する小説家の一人である、三島のエンタメ小説は、作家自身 の経歴も含めて、色々なことを考えさせてくれる、興味深い小説でした。

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