2016年8月11日木曜日

国立民族学博物館「特別展 夷酋列像 蝦夷地イメージをめぐる人物世界」を観て

「夷酋列像」については、1989年に中村真一郎の名著「蠣崎波響の生涯」が
刊行された時から興味を持っていました。しかしすぐに購入しながら、600頁
以上の大著で長らく手に取るのを躊躇していたところ、この度国立民族学
博物館で、フランス、ブザンソン美術考古博物館所蔵の原本とされる
「夷酋列像」の里帰り展観が行われることを知り、改めてこの本を開くと共に、
早速展覧会に行ってみることにしました。

万博記念公園にある国立民族学博物館へ行くのは実は初めてで、公園東口
駐車場から博物館へと歩く道すがら、折しも満開の桜に背後を抱かれるように
した太陽の塔が望まれて、異界で花見をするような独特の華やいだ雰囲気を
味わいました。

さてお目当ての「夷酋列像」は、序文2面と人物11図の計13面が、なだらかな
凹壁面に並べて展示されて、少し離れた地点からは全体を一望に出来、
近づけば1点づつをゆっくりと観ることが出来るように配置されています。

1図づつを観て行くと、私たちが先入観として持っているこの時代の人物画、
肖像画とは何か違う特異な趣きがあります。それはいかなるものかと考えて
みると、一人一人の人物が豪華な衣装を身にまといながら、現実離れした
異様さ、凄味を発散させていることに気づきます。

当時の人々がこの図像を目にしたら、まるで異世界を覗き見るようなときめき、
恐れの感情を抱いたのではないか?

この列像は周知のように、江戸時代の幕藩体制で最北の蝦夷地を治める
松前藩の後に家老となる藩士、蠣崎波響が、藩がアイヌ人の反乱を鎮圧した
時に、藩側に協力して功績のあったアイヌ族の有力者たちを顕彰し、藩の
治世の安泰を中央に知らしめるために、藩主の命により描いたもので、その
特殊な事情が図像の描き方にも現れているのでしょう。

また当時の日本人の目が、遅ればせながら異国へと開かれ始め、遥か北方の
蝦夷の地への興味も生まれて来た故に、この列像が天覧に供されたのを
皮切りに、物珍しいものが伝播するように数々の模写が作られ、広く知られる
こととなったのでしょう。その意味において、藩主の意図は見事に達せられた
のです。

さらに本図像では、当初の目的にそうように描かれた各人物がアイヌ文化を
際立たせるために、きらびやかな伝来の衣装をまとい、特徴的な装飾品を
身に着け、道具を携帯しています。その関連展示も含めこれらの文物は、
北方の地の大陸との盛んな交流や、アイヌ文化の独特の成熟を示し、本展を
民族学博物館で開かれるに相応しい、美術品の展示だけではなくその
文化背景をも明らかにする、奥行きのある魅力的な展観としていると感じ
ました。

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