2015年8月21日金曜日

漱石「それから」の中の、告白後再び、三千代の訪問を受ける代助

2015年8月21日付け朝日新聞朝刊、夏目漱石「それから」106年ぶり連載
(第九十九回)に、三千代に自分の思いを告白し、その帰結として父に強く
勧められていた結婚話を断ったために、将来への大きな不安を抱えることに
なった代助が、自分の呼んだ三千代の再度の訪問を受ける様子を描く、
次の記述があります。

「代助はすぐ団扇を出した。照り付けられた所為で三千代の頬が心持よく
輝やいた。何時もの疲れた色はどこにも見えなかった。眼の中にも若い沢が
宿っていた。代助は生生したこの美くしさに、自己の感覚を溺らして、
しばらくは何事も忘れてしまった。が、やがて、この美くしさを冥々の裡に打ち
崩しつつあるものは自分であると考え出したら悲しくなった。彼は今日もこの
美くしさの一部分を曇らすために三千代を呼んだに違いなかった。」

女性は、一旦信じ込めば強いものです。最早後戻りすることなど考えず、
一途に信じる道を追い求める傾向があるように、感じられます。

そして愛し、信じる女性はこの上なく美しいことでしょう。もしもその女性を
憎からず思っているなら、どんな男にとっても、その佇まいは限りなく愛しい
ことでしょう。

代助は、しばし三千代に見とれます。しかし彼には、父の意に背いたことに
よる、経済的な苦境が待ち受けています。ただでさえ、親の庇護のもとに
何の苦労もなく生きて来たお坊ちゃん育ちです。

甘美の瞬間と、迫りくる懊悩、彼の心の揺らぎが、前後の庭や空の情景描写
も含めて、心憎いほど巧みに表現されています。

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