2026年3月20日金曜日
中村稔著「束の間の幻影 銅版画家駒井哲郎の生涯」を読んで
私は銅版画が好きなので、勿論、我が国の代表的な銅版画家である、駒井のことを以前から知っていま
したし、彼の作品に興味を持って来ました。それで、本書を手に入れた訳ですが、長年読まずに置いて
いたのは、通り一遍な評伝に違いないと、高をくくっていたためかも知れません。
しかし実際に読んでみて、嬉しい意味で想像は覆されました。これも後に知りましたが、著者中村稔は、
本書で読売文学賞を受賞しています。正に読み応えのある、希有な版画家の一代記で、作品だけではな
く、彼に対する愛おしさが募り、もし彼が存命なら、泥酔したところは御免蒙りたいですが、一度お目
にかかりたかったという感慨を抱かせてくれました。
本書の魅力のベースになるところに、著者の技量は言うに及ばず、彼が生前の駒井と家族ぐるみの付き
合いであったことがあると思われます。著者は彼を親しい存在として敬愛していて、その才能や人物を
いたずらに美化してはいませんが、冷静な筆致で彼の優れたところと欠点を、懐旧の念を持って描き出
しいます。だからきっと、この一筋縄では行かない複雑な人間を、読者にも共感を抱かせる存在として、
浮かび上がらせることに成功していると思われます。
本書を読んで感じた駒井哲郎は、才能も含めて銅版画を遣るべくして生まれた人物。製氷業で成功した
父母の元裕福な家庭に育ち、慶応幼稚舎に入園してそのまま進学、学校生活にはあまり馴染めなかった
ものの、十四歳より版画を始める。東京美術学校に入学して以降、版画家を目指して研鑽を重ねて行く。
まるで、最初に定められた道を一筋に進んで行くように見えますが、彼が芸術家を志すとして、彼の
気質や性格が、銅版画家に向いていたように思われます。つまり、エッチングなどの腐蝕銅版画の技法
は、版に線を描いて銅販を腐蝕させ、出来上がった元版を紙に転写して作品を生み出す、間接的な表現
方法で、駒井の詩情に富んだ内省的な正確は、このような直接的ではなく、吟味を重ねて生み出す芸術
表現にこそ、力を発揮すると思われるからです。
彼は、自らに適した表現方法である銅版画を生涯愛し、当時は美術界で地位の低かった、この分野の
評価確立のために人生を捧げました。反面、その繊細な魂が浮世と折り合いを付ける代償として、彼は
過度の飲酒に溺れ、五十代の短い一生を終えることになりました。頁を閉じる時、私にも彼に対する
愛情が沸き起こって来ました。
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