2025年10月23日木曜日
「絵のなかの散歩」洲之内徹著を読んで
「気まぐれ美術館」と読む順序が前後してしまいましたが、画商兼エッセイストの洲之内徹の美術にまつわる
エッセイをまとめた本です。
本書の魅力の一つには、著者がかつて芥川賞候補になった小説家の顔を持つこともあって、単に画家や絵画作品
にまつわる話だけではなく、それに絡めて自らの日常や身辺の雑感にも筆が及ぶところで、私には殊に彼が後に
画廊主を引き継ぐ経緯となった、田村康次郎経営の現代画廊の店員時代のエピソードが面白く感じられました。
曰く、写真家の土門拳が友人の画家鳥海青児から預かっていた鳥海の作品「うづら」を現代画廊に売りに来て、
紆余曲折があって、田村に内緒で著者が個人的に購入することになった話。田村が経営者時代に画廊の看板作品
としていた林武の「星女(ほしめ)嬢」が回り回って売りに出された時、その時には同画廊主となっていた洲之
内が意地で買い戻した話。
彼の絵画への並々ならぬ愛情や、画商としての先代経営者への対抗心が垣間見えて、美に魅せられた者、絵を商
う者の気概が感じられる思いがしました。
勿論、彼の業務である、作品を通しての画家との関わりの記述も興味深かったです。挙げればきりが無いですが、
まず岡鹿之助とのエピソード。岡の作品らしい旧作の静物画を手に入れた著者が、確認するために岡の自宅を訪
れ、その作品を本人に見せたところ、最初は色使いが違うと否定されますが、よくよく吟味して色の褪色と何者
かの加筆に気づいて、自分の作品と認定する場面。
あるいは、これをきっかけとして著者が持ち込んだ、藤田嗣治の初期の油彩画を、岡が藤田とのパリでの交友を
回想しながら、真作に違いないと語る場面。
当時日本西洋画壇の重鎮であった岡の飾らない生真面目な人柄が感じられて、好感を持ちました。
また、長谷川潾二郎が夫婦で履歴書を作成したり、スパンコールの手作りの首輪を作ったりして、飼い猫タロー
を我が子のように可愛がり、その結果長い年月を掛けて、あの名作「猫」を描き上げた話。しかもその作品には、
左半分の髭しか描かれていないのです。
この絵画自体から、画家の猫への愛情があふれ出ていると感じられました。
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