2021年2月13日土曜日

横山聡著「京都・六曜社三代記 喫茶の一族」を読んで

京都三条河原町の名物喫茶店、六曜社を担う家族の物語です。地元京都の喫茶文化を愛する 者として、また業種は違えど、私自身が三代目として家業を営む立場からしても、示唆に 富む書でした。 まず、客に愛される喫茶店とはいかなるものかという点から本書を辿ると、一番に、飽きの 来ない美味しいコーヒーとそれに合う食べ物を、客が適正と思える価格で提供することが 挙げられるでしょう。 六曜社では、初代オーナーが終戦後満州から引き揚げ喫茶店を開くに当たり、いち早くコー ヒー豆の供給先を確保し、他に先駆けて本格的なコーヒーを客に供したそうです。京都の 繁華街三条河原町という地の利も相まって、美味しいコーヒーと親しみやすい自家製ドー ナッツは、この店が客に愛される礎を築いたと思われます。 そして基本的なスタイルは守りながらも、時代に合わせたコーヒーの味を提供するという 部分では、二代目が自家焙煎を始めるなど、長く愛されるための工夫が行われています。 客が愛する喫茶店の条件の二つ目は、リラックス出来るなど、店の雰囲気が良いことです。 これは個人経営の小規模の店では、オーナーの人柄やポリシーによるところが大きいです が、六曜社の狭いながらも趣味の良い内装、調度は、それを生み出した初代の美意識を 物語り、スタッフの行き届いた接客は、従業員教育の確かさを示します。 それらが合わさって、また、そこに客たちが作り出す熱気や気の置けない雰囲気が重なって、 六曜社の魅力的な佇まいが出来上がったのでしょう。 しかし、ここまでを一つの喫茶店の成功物語として読んで来て、私が意外に思ったのは、 この経営が資産的蓄積をさほど多くは生み出していないことです。喫茶店経営の難しさを、 改めて感じさせられました。 次に六曜社の初代から三代目への経営の引き継がれ方を見ると、その自然な流れに、家族 それぞれの店への愛着が見て取れます。初代は、三人の息子に店の継承を強制していません が、三人はそれぞれに曲折を経ながらも、自然に一階喫茶、地下一階昼の喫茶、夜のバー を担い、その後は、息子の息子の一人が、三代目として経営を引き継いでいます。 個人経営の店が長く続くためには、その仕事自体が魅力的であることは勿論、親が次代を 担う者に自身が懸命に働く姿を見せ、その仕事への情熱を背中で語りかけることが必要で あると、感じました。 店が長く続くことの意味についても、改めて考えさせられました。

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