2025年12月4日木曜日

志村ふくみ著「一色一生」を読んで

志村ふくみ氏は、草木染めの糸を使用した手織りの紬織物の制作で人間国宝に認定された、現代の工芸における 織物部門を確立させたといえる染織家で、仕事柄個人的にもお付き合いを頂いているので、彼女の代表的著述と いえる「一色一生」は、是非読んでみたいと思っていました。この度本書を読んで、柔和な表情であられる彼女 の底に流れる、生業としての染織にかける強い想いを知ることが出来て、大変有意義であったと感じます。 彼女の特異な生い立ちや実母との関係性、実兄の夭折は、彼女が離婚して幼い二人の娘を養父母に預け、染織で 生計を立てる道を踏み出す原動力になったに違いありませんが、主にそのくだりを記す本書のⅢの部分よりも、 やはり草木染めによる糸の染色への並々ならぬこだわりを記すⅠと、Ⅱの各地の織の機場の探訪記が、興味深く 感じられました。Ⅰで彼女は、それぞれの草木を最適の時期に採取して、最適の方法で色を抽出し、糸に染め上 げる。それが自然から与えられた植物の生命を最も活かす術であると考えます。そのために季節に合わせて藪に 分け入り、伐採された樹木の噂を聞けば直ぐに現地に赴き、剪定された枝があれば譲り受け、染色に勤しむので す。 またかつては、各地の藍の産地に存在した藍染めを担う紺屋がどんどん減少していくことを危惧して、自ら労多 く大変な困難を伴う、藍建による藍染めを始めるのです。そして自らが生み出した純粋な色糸を用いて、色に よって音楽を奏でるように、詩情豊かな織物を完成させるのです。本書の題名でもある「一色一生」は、一色を 完成するのに一生を要するという意味で、彼女の色にかける想いを表わしています。 Ⅱの織物探訪では、西陣織が細分化された分業制度によって成り立ち、またその底辺が厳しい年季奉公の職工に よって支えられていたことを改めて実感し、出来上がったきらびやかな製品との落差に、感慨深いものがありま した。あるいは、鳥取県米子市近辺の弓浜絣の産地では、農家の婦女の自身の用を足す日常仕事であった木綿の 機織りが、地域産業となり、近代化に伴い廃れて、保護のために伝統産品に認定される過程を記します。 本書の底本が刊行されてから約40年、現在の織物という伝統産業の著しい衰退の現実を目の当たりにしながら、 言い知れぬ無力感を感じました。