2025年9月18日木曜日

岡野八代著「ケアの倫理ーフェミニズムの政治思想」を読んで

本書を実際に読んでみるまで、私は恥ずかしながら、故人の介護に対する倫理について述べた書であると 思っていました。それで一通り終わった両親の介護を振り返るという意味でも、この本を手に取ったので すが、読み終わると個人的な介護について述べた本ではなく、歴史的に介護を担わされてきた人々、主に 女性の立場から、従来の社会、政治のあり方について異議を申し立てる活動の変遷、現状を語る書でした。 フェミニズムの政治思想の副題がついている所以ですが、ともかく当初の読書目的とは違うとはいえ、 予想だにしなかった、つまり私の社会や政治に対する考慮から抜け落ちていた視点を提示してくれたとい う意味で、興味深い読書であったと感じました。 本書の主題を一見して、そういうことに思い至らなかったということ自体が、私にフェミニズム的視点が 欠けている証左なのですが、私が教育を受けてきた頃には、フェミニズムという発想はまだありませんで した。父(男性)は外で働き、母(女性)は家庭で子を育てながら家事に勤しむ。そういう家父長的な 家族制度が広く行き渡る認識でした。 しかし、そのような常識に縛られた社会では、女性は抑圧され、権利を制限されることになります。この ような立場に甘んじることを良しとしない、革新的な女性の異議申し立てが、フェミニズム運動の端緒で すが、本書ではこの運動が主に、アメリカで広く認識され、発展する原動力として、ケアの倫理を思想の 中心に据えています。 つまり、介護を担う立場の人々の発想、思考を、従来の男性中心の社会で培われた思想哲学上の正義と 対等に対峙させることによって、来るべき未来に相応しい公正な社会思想、政治政策が生まれるように 仕向けるというものです。 さて、現実の日本社会の状況を見てみると、男女平等の指標が先進国で最下位であることからも分かるよ うに、決してフェミニズムの思想が広く認知されているとは言えないでしょう。しかし今日、少子化によ る人口減少や高齢化社会の到来、貧富の格差の拡大が、コロナ禍後更に顕著になって、弱い立場の人々を ケアする政治政策の重要性が増しています。 この事実は、女性の地位向上を目指す施策とも相まって、フェミニズム運動に影響を受けた政治思想が、 浸透し始めていることを示すに違いありません。フェミニズムの思想哲学は、先人の努力によって、着実 に地歩を固めつつあるのです。

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