2024年10月1日火曜日

河合隼雄著「対話する人間」を読んで

平易で分かりやすい言葉で、人の心の不思議や、それが人間関係に及ぼす影響を、かつて私に知らせて くれた、心理学者で、臨床心理士・河合隼雄の未読の書籍を、刊行から約30年を経て読みました。 見覚えのある懐かしい語り口に温かさを感じながら、その内容においては、30年の時間を経ても不変の ものと、現在に至っては、日本人の生活環境が更に複雑になっていることを、実感させられました。 本書は、彼がメディア等の依頼で執筆した文章や、講演の内容をまとめたものですが、相変わらず深い 洞察力を有し、私にとっても示唆に富むものが多くありました。 特に感銘を受けたものをここに記すると、まず30年前のこの当時において、日本人の父親の権威喪失の 原因が記されています。つまり、それ以前の伝統的な家父長制大家族から核家族化が進むと、父親は 敬うべきものであるという、制度としての重石が次第になくなって、慣習として護られていた権威が 剥げ落ちます。 更に、時代の急激な変化は、父親が子供に対して保っていた、人生経験による優位を変容させ、つまり、 技術革新が、親より子の方が最新の知識を有する現象を生み出し、結果として、親の権威を薄めさせ ます。そして、労働形態のサラリーマン化が進むと、父親が働く姿を直接子供が見る機会が益々少なく なり、これも父親の権威喪失を促進するというのです。 この傾向は、両親の不和、子供の登校拒否、家庭内暴力などの家族問題に、大きな影を落としていたの です。 だが現在この記述を読むと、当時の一般的な家庭の抱える問題の、適確な説明として納得させられると 共に、今日は更に家族の分断が進んで、孤立する子供が増加しているように推察され、30年前の問題は、 なお深刻度を増しているように、思われます。 また河合が本書を刊行した頃は、有名人のスキャンダルを取り上げる写真誌が人気で、発行部数を競っ ていたようで、この社会問題の深層心理を、分析する文章も記載されていますが、これらの写真誌の 売り物記事の特徴は、盗撮まがいの迫真性を持った写真に、責任をはぐらかした無記名の野次馬的な 記事を添えていて、読者の無責任な好奇心を煽る仕掛けになっています。 そして読者たる大衆は、有名人の不祥事を知らされて義憤を抱くことによって、正義感を満たされ、 ストレスの解消にもつなげられます。 この写真誌を巡る心理は、今日のSNSの普及によって、規模においても、強度においても、圧倒的に 増強されていると、思われます。

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