2023年9月7日木曜日

「鷲田清一折々のことば」2784を読んで

2023年7月7日付け朝日新聞朝刊、「鷲田清一折々のことば」2784では 「朝日新聞デジタル」(6月11日)から、NHKの連続テレビ小説「舞い上がれ」の脚本家・桑原亮子 がドラマの登場人物の架空の詩画集で編んだ、次の詩歌が取り上げられています。    縫ひしものに針の残りてをらぬこと確か    むるごとメール見返す この歌は、作者が電子メールに向き合う時の心配り、相手に対する優しさを如実に表していると 感じます。 メールでは、相手の顔が見えないだけに、またそれでいて、こちらの送る文字が瞬時に相手に伝わ るだけに、送り手は自分の意が十分に相手に伝わっているか、言外のこちらの気持ちが理解される かと、発信する側は懸念を抱きがちです。 そこで作者は、自分の作成した文章を細心の注意をもって見返して、それから相手に発信すると いうことなのでしょう。その注意深い振り返りを、縫物に針が残っていないか確かめるように確認 すると表現しているのです。 着物の手縫いの縫製などが盛んにおこなわれていたころ、縫い上がった着物に針が残っているとい うことは、時々ありました。縫製をする時に、仕付け針で生地が動かないように固定して縫う方法 が採られていたので、ついつい仕立てあがった後に、その針を取り忘れるということがあったので しょう。 その着物を着用する人の気持ちになって、針が残っていないか、丁寧に確認する。同様の気持ちで メールの文章を吟味する、ということなのでしょう。 この心の持ち方は、工芸作品を制作する時の心構えにも通じる、と思います。つまり、その作品を 使用する人の気持ちを想像して制作する、という意味において。 発信者の受け手への思いやりを端的に表現する、素晴らしい言葉だと思いました。

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