2023年5月9日火曜日

山折哲雄著「愛欲の精神史」を読んで

季刊雑誌に長期連載されたものを一冊にまとめた浩瀚の書で、仏教発生のインドから、伝来の道筋に 沿って日本まで、エロスをテーマにして、それぞれの精神史を探究する書です。 その考察に当たり、ガンディーと空海がキーパーソンとして取り上げられていますが、本書の内容が 豊富で、膨大であるため、ここでは私が特に興味を惹かれた、空海の日本にもたらした密教のエロス の思想が、「源氏物語」「とわずかたり」という女流文学に与えた影響について、記した部分への 感想を述べたいと思います。 まずその前提として、少し遡ることになりますが、インド人の精神世界に存在する激しい性の肯定、 渇望は、当然その地に生まれた仏教の根底にもあり、その宗教が中国、日本へと伝来する過程で、 それぞれの民族性、風土に合わせて、そこに埋め込まれた性的な倫理観も、変容を遂げて行きます。 こうして日本にもたらされた空海の密教の内部にも、顕在的ではなく隠微な形としてエロスの思想が 含まれており、胎蔵界曼荼羅や普賢十羅刹女像には、女性化した男性を巡る多数の女性という関係性 で、エロチシズムが発現していると著者は言います。 この構図は、正に源氏物語のストーリー展開にも当てはまり、著者の紫式部は、密教思想の影響を 受けて、このあまりにも有名な物語を著したと、山折は推測します。 ここで私が感銘を受けたのは、主人公の光源氏が現代の感覚ではまだまだ幼く、性的渇望を必要と しない高貴な身分の人物であるために、女性的な魅力を持つ男性であるということで、このように 解釈すると、源氏物語のストーリーの構図が理解しやすいと感じたことです。 さて時代が下って、待賢門院璋子、そして「とわずかたり」の著者後深草院二条の生涯を見ると、 1人の男と多数の女性の図式は、一人の女性と多数の男の図式に代わって、生む性としての魅力的な 女性に群がる高貴な男性というパターンが、文学作品に現れるようになります。 ただこの図式においても、若さと美貌を武器とする魅力的な女性の権勢は一時的で、彼女らの後半生 においては、性の過剰と老いへのむなしさが、心を支配することになります。 いずれにしても、仏教の古典文学への影響を理解するのに適した、書であると感じました。

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