2023年3月1日水曜日

村上龍著「愛と幻想のファシズム(下)」を読んで

「愛と幻想のファシズム」上下刊を読了しましたが、本作ではカリスマ鈴原冬二が、日本を支配 した後の世界は描かれていません。従って現代の世に、人類の狩猟生活時代の精神を蘇らせると いう企ても、未完のままです。 しかし、この小説の提示する一見荒唐無稽な構想は、世界が危機的状況に陥った現在のような 社会状況においては、示唆に富むものがあると感じられます。 その捉え方は、読者各人によって様々であると思われますが、私は、実際の国際社会における 日本国の自主独立ということについて、考えさせられました。 第二次世界大戦後日本は、周知のように日米安全保障条約によって、米国の軍事的庇護の元急激 な経済成長を遂げ、現在の国際的な地位を築き上げました。しかし、外交部分では、米国の政策 に追従する国という印象を拭えず、経済分野においても、強い影響関係にあることは否定出来ま せん。 現在、米ソ冷戦後の米国一強を経て、アメリカの国際的影響力が低下し、東アジアにおいて代わり に中国の経済力の増大と軍事的脅威の拡大、また、北朝鮮、ロシアの好戦的国家の存在が軍事的 緊張を強いる中で、日本の軍事力増強も緊急の課題となっています。 そのような状況の中で、日本の米国からの自立ということを考えると、それを成し遂げるために は、高度な政治力や国民の強い覚悟が必要であると、感じられます。 本書における鈴原冬二の行動は、暴力と狡知というメタファーを介して、そのことの実現の可能性 や是非を、読者に問いかけていると感じたのです。 ウクライナが隣の大国ロシアに軍事侵攻されたという事実、中国が台湾への軍事的挑発を繰り返す 現実は、国際的な平和が希求される現在においても、軍事的脅威が絶えないことを示しています。 他方コロナ禍においては、医薬品、医療技術の安全保障も痛感され、ウクライナ戦争による食料、 石油、天然ガス等の資源価格の高騰は、資源輸入国である日本の心もとなさも実感されます。 少なくともこれからは、米国一辺倒の政治、経済、軍事依存からの脱却が求められるでしょう。 その困難さをも、本作は反面教師的に暗示していると、私には思われました。

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