2023年1月19日木曜日

入江曜子著「貴妃は毒殺されたか 皇帝溥儀と関東軍参謀吉岡の謎」を読んで

大日本帝国の傀儡国家満州国の建国と崩壊は、加害側の日本国にその後生を受けた人間である私に とっても、今なお苦く、しかし興味を惹かれる歴史的事象です。 本書は、第二次世界大戦終結後、日本の戦争責任を問う極東国際軍事裁判(東京裁判)で、原告側 証人として出廷した元満州国皇帝溥儀の、日本軍部の満州での専横の象徴として、満州国に派遣 されていた関東軍参謀兼満州国皇帝付吉岡安直中将が、日本に批判的であった皇帝側室譚玉齢を 謀殺したという証言を巡り、著者が当時の資料の精読と共に、関係者へのインタビューを重ね、 吉岡の汚名を晴らし、歴史的真実を明らかにしようとする書です。 例によって、私の旧宅の本箱から出て来た本で、20年以上前に発行されている書籍なので、今読ん で私が抱く感慨と、発刊当時の人々の受け止め方には齟齬があると推察されますが、あくまで現在 の私の思いに則して、感想を記してみたいと思います。 さて、歴史上の出来事を語る場合にも、当事者は、本人の見解や自分に都合の良い解釈を用いて、 語ることが多いと思われます。特に崩壊時における皇帝溥儀の立場からすると、祖国中国への裏切 り行為に対する後ろめたさや、自らが責任を追求されることを忌避するために、全責任を日本軍に 転嫁しようとし、東京裁判当時、ソ連に抑留されて所在不明であった吉岡中将がその標的となって、 責任を全て負わされることとなったことは、十分に考えられることです。 また、日満親交の象徴として、溥儀の弟溥傑に嫁いだ日本華族の令嬢浩が、その回想記の中で、 戦前は日満の、戦後は日中の友好活動における自らの存在価値を高めるために行った記述が、結果 として日本軍部の皇帝に一番近い存在であった吉岡を、貶めることになったことも理解出来ます。 従って本書の記述が、この本が刊行された当時において、吉岡が受けていた不当な非難を是正する 点において、一定以上の意味があったと思われますし、また私が知らなかった満州国崩壊後溥儀の 日本亡命を阻止しようとする動きが、軍部内にあった可能性への言及も、印象に残りました。 しかし他方、今現在からの視点から見ると、本書は、日本軍部の中国での非道の所業を不当に低く 描き、歴史的公正を装いながら、特定の人物をことさら高く評価し、逆にある特定の人物の人間性 を、執拗に非難しているように感じられます。 発刊当時読者が受けた感慨は分かりませんが、私はその部分に少し違和感を覚えました。

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