2019年12月19日木曜日

藤井光「現代のことば 2019年ノーベル文学賞の余波」を読んで

2019年12月5日付け京都新聞夕刊の「現代のことば」では、現代アメリカ文学専攻
の同志社大学教授・藤井光が、「2019年ノーベル文学賞の余波」と題して、オースト
リアの作家ペーター・ハントケの受賞が、各方面からの批判を呼んでいることについ
て、語っています。

その批判は、ハントケがかつて、旧ユーゴスラビアの内戦におけるセルビアが関係
した大量虐殺を、擁護する論陣を張ったことに対するもので、この選考結果によって
選考委員の1人が抗議のために辞任、授賞式当日も、アルバニア、ボスニア・ヘル
ツェゴビナ、クロアチア、コソボ、北マケドニア、トルコの関係国の大使が欠席した
そうです。

私は先日、朝日新聞で池澤夏樹の「終わりと始まり」というコラムを読んで、ハントケ
がユーゴスラビア内戦における欧米大国の干渉に、1人敢然と異議を申し立てたと
いう印象を受けました。しかし実際にはその内戦の実情を知っていた訳ではなく、
関係国のこの反応から見ても状況は想像以上に複雑で、限られた情報だけで、物事
を判断することの危うさを、改めて感じました。

しかし同時に、立場が変わればものの見方も変わるという意味において、関係国の
この反応が全ての真実を物語っているという確証はなく、やはりこの内戦に対しても
今後は利害関係を越えて、更に冷静で客観的な検証が必要であると、感じました。

もう一点、藤井はこのコラムで、SNSやメディアの発達によって、文学者が創作以外
の発信の場を持つことが容易になり、その結果作品だけではなく、本人がどのような
価値観を持っているかということが、支持を集めるための評価基準となり易く、出版社
や書店は、本人の価値観を前面に出した文学作品の売り込みも可能になった、と
述べています。

そういう傾向は逆に、作品をベースにした本来の多義的な文学理解の可能性を狭め、
価値観の違いによって作家を色分けし、作家間の分断を生み出し易いことにもなる
ので、結果として文学の多様性を損なう恐れがあります。

今回のノーベル文学賞を巡る騒動も、そのような側面があるようにも感じられますし、
またSNSやメディアの発達そのものが、人々の心を一つにする働きを持つと同時に、
分断を煽る働きをも持つことを、現代に生きる私たちは、改めて肝に銘じなければ
ならない、と感じました。

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