着物の取り合わせを巡る著作が多く、雑誌のエッセイなどでも活躍され、何より
私たちの店にとっては、誂え染め帯揚を通して一般のお客さまとつながる契機を
与えて下さった、清野恵里子さんの待望の新刊が出ました。
数年前に本書の構想を伺った時には、常日頃清野さんといえば着物、古美術、
工藝への造詣の深さが思い浮かんだので、清野さんと市川雷蔵がすぐに結び付き
ませんでしたが、それ故清野さんがあの往年の映画スターの魅力をいかに描き
出されるのか、急に興味が膨らんで来ました。
さて私自身は、市川雷蔵というとすぐに眠狂四郎の円月殺法が思い浮かびますが、
残念ながら彼の映画を実際には観たことがありません。従って本書について
あれこれ語ることは適当ではないかも知れませんが、しかし未だ雷蔵映画を体験
していない人間が本書を通して初めて彼を知り、そこから感じ取った彼の俳優と
しての人となりと、当時の映画界を巡る時代背景を語ることも多少の意味があるか
と考え直して、以下の文章を綴ることにしました。
まず先に記した通り、私は市川雷蔵といえば眠狂四郎というように、従来彼の演じる
役柄に強烈な個性をイメージしていたので、彼が往時のスターに相応しい一貫した
キャラクターを演じ通した役者だろうと、思い込んで来ました。
ところが本書で、日本映画黄金期の大映の看板スターであった雷蔵は、観客の渇望
に答えるべく現在では想像もつかぬほどに量産された映画に出演し続けなければ
ならず、プログラムピクチャーと呼ばれる作品を中心に、15年間ほどの俳優生活で
何と150本以上の映画に出演したことを知りました。
しかも時代物、現代物を問わず研究熱心で工夫を凝らし、それぞれの役柄に没入し、
多くの作品で観客の脳裏に焼き付く個性的なキャラクターを演じ別けたのです。
本書の場景が眼前に広がるような記述と、豊富な場面写真から雷蔵の数々の
代表作を思い浮かべて、彼の役者としての天分に納得させられる思いがしました。
彼は肝臓がんのため37歳で急逝する直前まで、急激に斜陽化し始めた映画興行に
対する危機感から、自ら劇団を立ち上げ、映画界、新劇界を横断した新しい演劇の
上演を模索します。返す返すも、彼の早すぎる死が惜しまれます。
本書は、カバーの雷蔵のポートレート、見返しの早水御舟の「墨牡丹」が印象的で、
映画本編からキャプチャーした豊富な写真がページを彩る、贅沢な作りです。この本
を読んで今度こそ、雷蔵映画を一度観てみたいと思いました。
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