あの戦争に翻弄された人々の生を静かに見詰める、第四十三回大佛次郎賞受賞の
短編小説集です。
第二次世界大戦の終結から70年以上の時が経過し、戦争を体験していない人が
大半を占めるようになり、その体験の風化が言われて久しい今日、戦後生まれの
著者があえて戦争を語ることの意味は大きいと思います。
なぜなら、負の記憶として埋もれて行こうとするものを、戦後の非戦の価値観に
則って、新たに掘り起こすことになるからです。
今全編を読み終えて深い余韻を伴って感じるのは、あの戦争がその時代を生きた
庶民にとって日常の体験であり、実際に従軍した人々のみならず、銃後を守った
人々、その直接の影響を被った次世代の人々に至るまで、心に哀しみという強い
刻印を残したことです。
しかしそれほどに人の運命をもてあそぶ悲惨な出来事であっても、悲しいかな
私たちは、直接の影響関係が薄れるに従って、忘却の彼方へと追いやってしまう。
その点からも、あの戦争に心身を傷つけられた人々の想いを、自身に引き付けて
追体験出来る本書の意味は大きいと感じます。
「歸鄕」は、庄屋の長男がようやく戦地から引き揚げてみると、戦死と思い込んだ
周囲の画策で、すでに彼の妻と弟が再婚して家を引き継いでいるために自宅に
帰るに帰れず、、茫然とする中で街娼と結ばれ、生きる希望を見出す物語です。
「鉄の沈黙」は、ニューギニアの激戦地である砲兵が上陸から、敵軍の激しい攻撃
により命を散らせるまでの、束の間の時間を描く物語です。
「夜の遊園地」は、父を戦争で失い、遊園地でアルバイトをしながら大学に通う
苦学生の青年が、母の再婚を心から受け入れるまでの物語です。
「不寝番」は、集合訓練の不寝番に立つ、明日射撃競技会に出る自衛隊員が、
時空を超えて戦争中の不寝番の兵士と出合い、射撃の極意を伝授される物語
です。
「金鶏のもとに」は、心を深く傷つけて復員した兵士が、戦後の困窮の中を生きて
行くために、自らの意志で片腕を切断して傷痍軍人となり、物乞いで生計を立てる
物語です。
「無言歌」は、海底に沈み、航行不能の潜水艦の中で、二人の若い海軍中尉が
酸素が尽きるまでまどろみ、夢を語り合う物語です。
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