2026年4月9日木曜日

逢坂冬馬著「同志少女よ敵を撃て」を読んで

2022年の本屋大賞第1位の作品です。本書は刊行時、いたいけな16歳のロシア人の少女が、第二次世界大戦中 冷徹非情な狙撃兵となって、敵を次々と仕留めていくというセンセーショナルな設定が大きな話題となり、 読書界を賑わわせましたが、刊行後時を待たずして、ロシアがウクライナに侵攻する所謂ウクライナ戦争が 勃発し、現在も継続しているという状況が、更に物語の現実感を上書きする現象を引き起こしています。それ 故今回文庫化されて、また読者を着実に増やしていると思われます。 ストーリーの骨格は、ソ連に侵攻したナチスドイツの兵士一団に、母や村人を虐殺された少女セラフィマが、 復讐の念を糧として一流の狙撃手となり、若い女性だけで編成された狙撃小隊の一員として激戦地を巡り、 仲間を数人失いながらも遂には、母を射殺した敵狙撃兵を仕留めるという、エンターテイメント小説の王道の ようなものですが、物語は直截的に筋書きを追うだけではなく、戦争という行為の悲惨さ、なかんずくその 渦中に巻き込まれた女性、子供など社会的弱者、あるいは、捕虜といった虐げられた立場の者たちへの非道さ から、終戦後の精神的後遺症までを丹念に描いて、ストーリーの奥行きを広げています。 例えば、セラフィマは最初、復讐の念による敵への激しい憎悪を原動力として、厳しい訓練に耐え、射撃の腕 を磨いていきますが、初めて実際に敵とはいえ生身の人間に銃口を向け、相手の命を奪った時には、精神的な 動揺を来します。しかしその抵抗感を乗り越えた時、あるいは罪悪感が麻痺するようになって、ただ無心で 身体の標的に銃弾を命中させることに、快感を覚えるようになります。そしてこの感覚は、戦後平和な時代が 訪れてから、彼女の心を苛むのです。 また彼女は、女性を守るために戦うという信念を持っていましたが、女性の敵はドイツ兵に限りません。これ 以上詳しくは述べませんが、ここには弱い立場の者に向けられた正義の視線があります。現実の戦争の足音が 迫る中で、アクションの一部に現実離れして説得力に欠ける欠点はあるとはいえ、本書は、戦争とは何かを 改めて考えさせてくれる良書です。

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