2023年4月19日水曜日
開高健著「珠玉」を読んで
三つの宝石に因む、三つの物語で構成された作者の絶筆です。
およそ30年前に刊行された単行本を開いていると、本のケースの表題に目をとめた、自家用車の
定期点検に訪れていたディーラーのあるスタッフの方から、開高の絶筆を読んでいるのですね、
と驚かれました。没後長い年月を経ても、作者の知名度が色あせないことに、感銘を受けました。
絶筆と謳われるだけあって、海の色、血の色、月明の色に象徴される、三つの宝石を媒介とした
回想と魂の彷徨の物語です。
これらの物語を読んでいると、生前絶大な人気を誇ったこの作家の人生がどのようなものであった
か、また彼の興味がどのようなことに向いていたかを、大枠で捉えることが出来るように感じま
した。
まず、海の色の宝石にまつわる「掌のなかの海」では、開高が物書きとして自立すべく独立後、
まだあまり仕事もなく、妻子を抱え焦燥感に駆られる様子が印象に残りました。することもなく、
仕事の題材を探す口実で家を出て、映画を観る。その後こだわりの強いバーテンダーのいるバー
に寄って、時を過ごす。そのバーでの作者が酒を飲む様子、バーテンダーとのやり取り。その
描写が如何に秀逸であることでしょう!この今日的な合理性とは対極にある行動が、作家開高健
を作り上げたことが分かります。
更には、このバーで知り合った行方不明の息子を捜す医師の身体が、そこはかとなく発する哀しみ
は人生の無情を感じさせ、作家の目線がそのようなところにも強く惹きつけられていたことが分
かります。
血の色の宝石に因む「玩物喪志」では、行きつけの中華料理店の中国人店主とのやり取りから始
まって、その友人の料理の腕はあるのに、賭けマージャンで自らの店を失い、元の自らの店で
コックとして働く男のやるせなさを描くことによって、人間の者狂おしさ、人生の理不尽を表わし、
またベトナム戦争の従軍作家として目にした夥しい血の色について、冷静な筆致で描き出すことに
よって、戦争の悲惨さを浮かび上がらせます。
月明の色の宝石に因む「一滴の光」は、一転して老いらく性愛の物語で、私の知る限りでは、この
時代の日本の小説では好色文学を除いて、私小説風にこのような題材を赤裸々に描いた作品は少な
かったと思いますが、開高は自らの欲望をさらけ出すように大胆に、初老の男と若い女の淫らな
行為を表現しています。ここにも男の願望を掘り下げ、描き続けたこの作家の確かな姿が現れて
いると感じました。
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