1782(天明2)年、伊勢を出航した船頭大黒屋光太夫率いる神昌丸が、暴風に翻弄され
北方アリューシャン列島の小島に漂着、10年の歳月を要して広大で過酷な気候を有する
シベリアを越え、当時のロシア帝国を往還して、全乗員17名中僅か2名が故国に帰還する
までを描く冒険譚です。
全編大陸の雄大な自然を背景としたエキゾチシズムに溢れ、異国に突然投げ入れられた
主人公たちの望郷の念に彩られた、独特の魅力を発散する小説です。
この小説を読み始めて私がまず感銘を受けたのは、8ヶ月にも及ぶ漂流の後、ようやく
小島に錨を降ろし上陸したのも束の間、夜半の北方の荒波で船体が砕け、最早この船で
故郷に帰る望みが絶えた時、最初深い絶望の淵に沈みながら、光太夫が気分を取り直し、
運を天に任せようと乗組員を鼓舞する場面。人間は如何なる困難に直面しても、気の
持ち方次第でそれを克服出来る可能性が生まれるということ。また優れたリーダーは、
不安に落とし入れられた人々を一致団結させて障害に立ち向かう力を生み出すもので
あるということを感得させられて、私自身これから現実の世界を生きて行く上での勇気を
与えられたと感じました。
その時点よりこの漂流民たちは、サバイバルと同時に鎖国した日本という狭い島国の
住民意識から、自立した人間としての精神を獲得する旅を生きることになります。
自然はあくまで侵しがたく、気候はこの上なく厳しく、見るものはずべて驚きに満ちて
います。ロシア人たちは、経済的利益を得るためにこのような厳寒の地にも果敢に進出し、
異国との交易を求めます。光太夫たちが、彼らが交流を希望する国出身の漂流民という
こともありますが、ロシア人たちはこの人たちを温かく迎え、光太夫らの訴えに誠実に耳を
傾けます。またロシアが当時の日本より遥かに科学技術に優れ、文明も発達していた
ことを、彼らは目の当たりにします。
しかし光太夫たちの生きる目的はあくまで、故郷に帰ることです。様々な事情でたった2人
となった彼らが日本に帰り着いた時、そこに待ち受けていたのは閉鎖的で事なかれ主義、
暗愚に満たされた故国でした・・・。
本作が執筆されてから約50年、最近は江戸時代の私たちの国の有り様が再評価されて
いますが、国際社会との交流の中で今なお存在する閉鎖性は、この時代の我が国の
政策と深く結びついているかも知れません。現代の日本と世界との関わり方についても
考えさせられる、名作です。
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