漫才コンビ「ピース」の又吉直樹による、第153回芥川賞受賞作です。
受賞を知った時にはまず、感性豊かな漫才師の余技というイメージが浮かび
ましたが、実際に読んでみると、作者のこの小説を書かなければならない
という切実さがひしひしと伝わって来て、物語の世界にすっかり引き込まれ
ました。小説家としての紛れもない才能を感じました。
小説の舞台は、著者も籍を置くお笑い芸人の世界です。主人公徳永は
駆け出し、あるいは売れない芸人の悲哀がにじむ、祭りの花火大会の
付け足しの余興の簡易舞台で、挑むような芸を披露する先輩芸人の神谷と
運命的な出会いを遂げます。
徳永は神谷の才能に心酔して、その場で弟子入りを志願しますが、神谷は
漫才でしか生きて行くことの出来ない、それでいて笑いの感覚が世間一般と
ずれている、破滅型の芸人だったのです・・・
何にしても、明日をも見えない状況でありながら、自身の目標に向かって
懸命にもがく人間は、その姿に触れる多くの者たちに共感を与えるもので、
徳永と神谷の交流が、芸人らしいばかばかしい言動と破天荒な行為に満ちて
いても、この小説の読者は、その一つ一つにけれんみのない清々しさを感じ
させられます。
殊に、神谷が時に吐く珠玉の名言は、まるで泥沼に咲く一輪の蓮のように、
読む者を感動させずにはおきません。
例えば、徳永が芸人を引退することを告げた時に、芸人の笑わせる技術を
ボクサーのテクニックにたとえて「ただし、芸人のパンチは殴れば殴るほど
人を幸せに出来るねん。だから、事務所やめて、他の仕事で飯食うように
なっても、笑いで、ど突きまくったれ。お前みたいなパンチ持ってる奴
どっこにもいてへんねんから」
今日の高度にシステム化され、役割が細分化された社会では、私たちは
ともすれば人生における目標を見失い勝ちであり、また高度情報社会の
進展は、人と人の生のつながりを次第に希薄にして来ているように見えます。
芸人という特殊な社会とはいえ、いやそれゆえに一瞬の輝きを求める
人びとの、大多数は満たされない喜怒哀楽は、その愚直さにおいて、そして
師弟の固い絆において、私たちを勇気づけてくれると、本作を読んで感じ
ました。
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