2026年1月20日火曜日
澁澤龍彦著「幻想の画廊から」を読んで
恐らく、このようなジャンルの絵画について語るのに打って付けの著者による、幻想絵画を巡る美術評論
です。
私は西洋美術の歴史の中で、ややもすると日陰の存在とも思われる、このような絵画にも惹かれるところ
があるのですが、本書を読んで一番の気づきは、このジャンルの絵画が正統な絵画の伝統の影響をはっき
りと、引き継いでいることを知ったことです。
例えば、西洋絵画における初期の静物画が、単に動かないものを写実的に描写するのではなく、宗教的な
意味での存在そのものの神秘や、命を授かったものはやがて死を迎えるという儚さを表現しようとして描
かれたものであり、多くの幻想絵画における画面の静謐さは、そのような伝統を継承するものであるとい
うことです。
従って、近代において注目度を増した幻想絵画のジャンルは、新しいようで根源的な人間の精神構造に、
創作のルーツを求められるものであり、社会的発展による着想や表現技術の多様化が、一気にこの種の
絵画の流行をもたらしたのでしょう。そう考えると益々、幻想絵画への興味が膨らむことになります。
本書で澁澤が取り上げた幻想の芸術家たちから、特に私が興味を惹かれた数人について記すると、時間が
止まった廃墟のような町を闊歩する色白で豊満、豊かな陰毛を蓄えた全裸の女性たちを描く、画家デルヴ
ォーにとって彼女らは性的渇望の象徴であるといいます。しかしこの画家は、敢えて扇情的な女性を描く
のではなく、内に秘めた欲望の対象としての女性を美しい空間の中に描写することによって、鑑賞者の
想像力をかき立てるのです。
他方ヴァルチュスは、デルヴォーと同じような静寂の世界を描きますが、その登場人物はそれぞれの追憶
の世界に取り憑かれているようです。特に彼の好んで描く不自然な姿勢の少女たちは、その頃の少女のみ
が持つ切なさやエロティシズムを体現しているようで、鑑賞者の心をざわつかせます。
リルケの「マルテの手記」にも取り上げられている、パリのクリュニー美術館の「貴婦人と一角獣」は、
中世のタピストリーの名品ですが、粗暴で手の付けられない存在でありながら処女には従順なこの獣は、
神秘的で魅力的な存在として、冷たいエロティシズムを湛えた情念の女を描いたモローも、格好の題材と
してこの獣を美女に添えています。
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