2024年1月19日金曜日
東野圭吾著「容疑者Xの献身」を読んで
ご存じベストセラー作家の人気作ガリレオシリーズ初の長編で、直木賞受賞作です。
同シリーズは映画化もされていますが、私は今まで彼の作品に触れることはありませんでした。それ故に
本書は、大きな期待を持って読み始めました。
ミステリーなので、筋を追うことは野暮というものですが、導入部は極めてオーソドックス、付きまとう
別れた元夫から解放されるために、靖子、美里の母娘が同情の余地のある殺人を犯します。途方に暮れる
二人に救いの手を差し伸べたのは、彼女らのアパートの隣室に暮らし、靖子に密かに好意を寄せる、恵ま
れない天才数学者石神でした。
以降、石神の天才的な頭脳を駆使した、殺人事件隠蔽工作が始まりますが、読者はこの時点で、徐々に
違和感に包まれて行きます。というのは、殺人を隠蔽するには、まず死体を隠すのがセオリーなのに、
遺体は早々と発見されるのです。
この前提条件が崩れているので、直ぐに重要被疑者となり、密かに石神のアドバイスを受ける靖子と、事件
担当刑事草薙との攻防は、もどかしいものとなります。靖子の立場に立てば、捜査の進捗状況は全く分から
ず、草薙の側からすれば、事件の核心に迫れそうで迫れません。そして終盤には、石神のシナリオ通りに、
事件は真実とは違う決着に向かうかに見えます。
しかしそこで起死回生の解決をもたらすのが、草薙の友人であり、かつての石神の親しい学友で、理学部
同窓生、ガリレオこと天才物理学者湯川学です。
物語の筋に添うのはこれくらいにして、私も最後には、自分の思い込みが全く覆されて、あっと驚かされま
した。その意味では秀逸なミステリーであり、登場人物それぞれの社会環境や、置かれた立場による思考法
や、感情の機微も丁寧に描き込まれた、極上のエンターテインメント小説でしょう。
ただそれでも私には、何か釈然としないものが残りました。それは理学的な頭脳明晰者への無条件の礼賛で
あり、そのような人物を特別視するエリート主義です。
かつてお互いに一目置いていた、天才的人物二人の事件解決を巡る攻防が、この物語のハイライトですが、
湯川が、石神の自らの身を犠牲にして仕掛けたトリックを全て見破った時、ある種すっきりとしたものを
感じられなかったのは、多分このようなエリート主義にも起因する部分があると、思われました。
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