2023年7月5日水曜日

北杜夫著「輝ける碧き空の下で 第一部」を読んで

日本の初期ブラジル移民の姿を体系的に綴る、長編小説の第一部です。 まず読み始めて、懐かしい文章のリズムに心地よさを覚えました。私は高校生の頃に、北杜夫の 作品を愛読していました。それから40年以上経っての同じ著者の小説への回帰であり、しかも 本作は、私が馴染んだ頃以降に著された作品ですが、、やはり彼ならではの文章のリズムがある と感じられ、一種満ち足りた思いに包まれました。 さて本書は、国内での貧しい生活を脱して、新天地ブラジルで一旗揚げようと勇躍やって来た大 多数の移民と、彼らの指導的立場にある移民会社の現場責任者、通訳などの人々が、現地での 自立と日本人の地位向上を目指して、多くの犠牲を払いながらも、身を粉にして奮闘する姿を 描いています。 それぞれの登場人物の、波乱万丈の生き方のエピソードには事欠きませんが、まず彼らの思考や 行動の総体から感じたことについて記してみたいと思います。というのは、彼らがブラジルに 渡った明治時代後期の日本人のものの考え方や行為は、現代を生きる私たちの源流をなすと思わ れ、また異国への移民という特殊な環境が、その特性を際立たせていると感じられるからです。 そのように考えて彼らの行状を見ると、まず彼らは日本人であるというプライドが大変高く、 これは無論自分が海外に身を置いているという条件によるところも大きいですが、心の拠り所と して天皇を崇敬し、また日露戦争で欧米列強の一角に勝利した自負心が、大きいと推察されます。 このプライドの高さは、彼らを勤勉にし、生真面目さや逆境への反発心を生み出していると思わ れます。その反面、彼らの多くは一旦見限ると、契約が残っていても無断で耕地を抜け出して 漂泊者になり、懸命に働いて一定の金が出来ると、過酷な労働の反動として、女や酒や賭博に 蕩尽してしまいます。 これらの思慮を欠く行為は、生活の安定しない人間の普遍的な行動とも考えられますが、日本人 のプライドの高さがそれを助長しているようにも思われます。 最後に、本書第一部での私の最も心に残ったエピソードは、通訳としてブラジルに渡った平野 運平が、一刻も早く移民たちに自作耕地を持たせるために平野植民地を開くも、予備知識の不足 から同植民地でのマラリア蔓延に苦しみ、折しもバッタによる食害、冷害による深刻な資金難を 埋め合わせるため金策に奔走する中で、スペイン風邪で命を落とすエピソードで、彼は間違いも 犯しますが、指導的立場にある人間としての矜持と使命感には、感動させられました。

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