2025年8月26日付け朝日新聞朝刊、「鷲田清一折々のことば」3466では
歴史学者井野瀬久美恵の『奴隷・骨・ブロンズ』から、次の言葉が取り上げられています。
先が読めないのは、未来だけではない。
過去もまた、予測不可能なのである。
つまり、未来がだれにも予測出来ないのと同じく、過去も今現在そのようであったと信じられて
いる事柄しか、認知することが出来ないということでしょう。
私たちは、歴史を基礎教育の段階から学習することによって、歴史の流れを把握するためもあっ
てか、身につけた歴史的知識を固く現実と信じ込んでいるところがあると思います。
でも今一般に流布している歴史は、あくまで現在の認識としての歴史であって、これからの遺物、
遺構や資料の発見等の研究によって、書き換えられる可能性も十分にあるということでしょう。
そう言えば、新発見によって歴史が書き換えられたという報道にも、時々接するように思います。
だから私たちは、未来予想は言うに及ばず、歴史を参考にしてこれからの施策や方針を策定する
ことにおいても、私たちの今現在の認識を参考にするだけではなく、その認識されている事項が
果たして真実であるのか、疑う慎重さも持ち合わせなければならないのではないでしょうか?
何事においても、疑いを持たず闇雲に信じ込むことの危険性をひしひしと感じる、この頃です。