2026年2月3日火曜日
米原万里著「オリガ・モリソヴナの反語法」を読んで
長い読み物にも関わらず、一気に読まされました。この小説が日本のそれにしては、珍しく世界スケール
の作品で、しかも、幼少の頃のノスタルジックな記憶から始まり、その忘れがたい人物の謎を解明する
ために、歴史の真実を掘り起こして行く課程で、ソ連を巡る忌まわしい過去が明らかになる衝撃も相まっ
て、一級のミステリー作品であると感じました。
しかも、夥しい人物の複雑な関係性を交錯させながら、ストーリーに破綻がなく、そこがこの小説の数少
ない欠点の一つとも思われるけれど、息もつかせぬスピーディーさで物語を進行させ、カタルシスを伴う
終焉を迎えさせるところは、著者の並々ならぬ力業を感じました。
先ず私が、本書を読んで印象に残ったのは、普段なかなか知ることの出来ない、当時の共産圏の国の人々
の生活です。著者の実体験を反映する、日本からチェコスロバキアのソ連学校に編入された少女は、豊か
な国際性、文化性を備えたその学校で、個性的な級友に囲まれて、伸び伸びとした学校生活を送ります。
その自由な雰囲気は実際には、共産国の抑圧的な体制の中で、学校関係者によって懸命に守られることに
よって、維持されたものであったけれど、日本の閉塞感の強い学校生活と比較して、考えさせられるとこ
ろがありました。
その自由な学校の象徴的な存在である、名物ダンス教師オリガ・モリソヴナの幾重にも纏われた秘密を、
日本に帰国して30年以上の年月を経た主人公が、謎解きのヒントがあると思われるモスクワを訪れて、
解明を試みるのが本書の主筋ですが、ソ連の共産主義独裁体制がもたらした、戦慄すべき悪夢の実体験に
基づく具体的な記述は、理想国家の建設を目指した清新な思想が、官僚主義や疑心暗鬼、権力欲に次第に
歪められた結果を見る思いがしました。
ただ、その絶望的な状況の中で、オリガが発する罵詈雑言、本書の表題にもなっている褒め殺しと言って
もいい豊かな反語法は、彼女が現状を跳ね返し、不屈の闘志で生き抜く意思表明となっています。
この共産主義という壮大な規模の社会実験における思想、政治、文化の考察に止まらず、人間存在の探求
にまで切り込むこの小説が、しかし、ミステリー性と性急なストーリー展開を意識するあまり、やや駆け
足で、表層的な記述に終始しているところは、少し物足りなく感じました。
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