2019年11月20日水曜日

池澤夏樹「終わりと始まり」を読んで

2019年11月6日付け朝日新聞朝刊、池澤夏樹「終わりと始まり」では
「ハントケにノーベル賞 文学は政治に何ができるか」と題して、今年のノーベル文学
賞受賞者に決定した、ペーター・ハントケについて綴っています。

私は、この文章に少なからぬ感銘を受けました。というのは、過日受賞決定の新聞
報道に触れた時、ハントケについては何の予備知識もなかったこともあって、それに
関連して、昨年のノーベル文学賞を巡る醜聞から選考委員が大幅に代わり、その
影響として欧州出身のハントケが本年選ばれたことは、選考委員会の選択が、また
欧米偏重に退行したことを意味する、という主旨の記事を目にして、それを鵜呑みに
していたところがあったからです。

ところが池澤はこの論に反駁して、ハントケが旧ユーゴスラビア内戦時に、一方的な
セルビア攻撃に加担した欧米列強諸国に異を唱え、以降不遇をかこって来た事実
に触れ、彼の今年のノーベル文学賞受賞決定は、名誉回復であると語っているの
です。

私は、ユーゴスラビア内戦の経緯についても詳しくはありませんし、欧米諸国の武力
による干渉の是非を判断出来る知識も持ち合わせていませんが、少なくともハントケ
が、当時の国際社会における強者の主張に、自らの信じるところに従って、敢然と
反論する知識人であり、また今年のノーベル文学賞受賞決定は、彼の主張を評価
することも含まれる、と感じたのです。

更には、私は池澤のこの文章によって、ハントケがヴィム・ヴェンダース監督の映画
「ベルリン天使の詩」の脚本家であったことを知り、私の彼へのイメージは、好意的な
ものに変わりました。

「ベルリン天使の詩」は周知のように、悩める市井の人々に静かに寄り添う天使たち
を描いた名作で、公開当時私はこの映画を観て深い感銘を受け、随分勇気づけられ
ました。上述の社会的発言も含め、彼はこの時代において、顕彰されるのに相応しい
作家なのだろう、と感じたのです。

そういう訳で今回の池澤の論考は、私に先入観にとらわれない、多様なものの見方
を教えてくれたという意味で、有難く感じました。

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