2023年2月17日金曜日

「鷲田清一折々のことば」2625を読んで

2023年1月24日付け朝日新聞朝刊、「鷲田清一折々のことば」2625では 随想「京ことば都がたり」(「和楽」2・3月号)から、彬子女王が語った、次の京ことばが 取り上げられています。    むしやしない このことばは、「虫養い」とも書き、お腹が減った時に腹の中の虫が騒ぎ出すので、少し 食べ物を与えて一時しのぎする、という意味で使われます。私も京都で育ったので、子供の 頃には父母が使うのを聞いた覚えがあります。 このことばが興味深いのは、お腹が減ることを、本人の肉体の生理反応と考えないで、腹の 虫という自分ではままならない存在が、勝手に暴れ出すと見なすことで、つまり自身の肉体 も本人の思いのままに制御出来るものではないということを、上手く言い表していること です。 確かに私たちは、元来このような叡智というか、自覚を持っていたのでしょう。でもこの頃 では、社会が便利になるに従って、何もかも自分の思い通りになると思い込んでしまって、 逆に自身の肉体さえ意のままにならないと気づいた時には、ショックを受けてしますように 思われます。 もっと謙虚になって、自分の中の自然の声に耳を傾けられるように、なりたいものです。

2023年2月9日木曜日

村上龍著「愛と幻想のファシズム(上)」を読んで

中南米に端を発する世界恐慌のただ中、未曽有の経済危機に喘ぐ日本に、救世主となるべく現れた 若き狩猟家トウジ、彼は強者生存の論理に従い、政治結社狩猟社を率いて謀略と暴力を用い、過激 派や労組のストをつぶし、反対派を駆逐して、政治の実権を握ろうとする・・・。 バブル経済華やかなりし頃に、その崩壊への危機感、不安を背景に描かれたと思われる小説で、コ ロナ感染症とウクライナ戦争の渦中にある令和の時代に読むと、描かれたことを現実に目の当たり にするような錯覚に囚われます。 世界が危機に直面するという現実との類似性は別としても、なぜこの物語に描かれた主人公らの荒 唐無稽な行動が、今世界に起こっていることとシンクロするように感じられるのかというと、まず コロナ禍において、共産党一党支配という強権的な国家体制である中国が、他の民主的国家体制の 西側先進国に対して、民衆の感染防御、衛生管理という面で、当初大きな成功を収めたからであり、 ウクライナにおいては、大統領独裁体制のロシアが、現代世界においてもなお、軍事力で隣国に侵 攻するという暴挙を行ったという事実によります。 前者は、感染症によるパンデミックのような世界的危機的事態においては、強権によって民衆に行 動制限を加えるような国家体制の方が、結果として多くの民衆の命を救うということを示し、後者 は、現在のように国際的に平和が希求され、話し合いによって紛争を解決する機運が高まっている 社会でも、独裁的な国家は、平気で戦争を始めるということです。 今まで理想としていたことに疑いが生じ、人間社会の進歩に懐疑的にならざるを得ない状況におい て、本書の主人公トウジの非道な行動は、どのような意味を持つのか?私は、彼の行為や思想を嫌 悪感を伴って読み進めながら、最終的にはその答えが見出せることを、期待する自分に気づきまし た。 また本書に描かれる彼の最大の敵、多国籍企業集団「ザ・セブン」も、ある意味現在の金融資本に よる陰謀論や、グローバルに活動し国際的な影響力を及ぼす、アメリカの巨大IT企業GAFAを先取り しているようで、著者の先見の明を感じました。 とにかく、下巻を読むのが楽しみです。

2023年2月3日金曜日

「鷲田清一折々のことば」2590を読んで

2022年12月19日付け朝日新聞朝刊、「鷲田清一折々のことば」2590では NHK・Eテレの番組「趣味どきっ! 読書の森へ 本の道しるべ(2)」で、生物学者福岡伸一 が語った、以下のことばが取り上げられています。    自分が疑えないのは最も知的でない。自分が    無謬であると考えるのは最も知的でない。 私は、この言葉はすごく大切であると、考えます。なぜなら、自分のことを疑えないほど 傲慢なことはないと、思うからです。 それは決して、自分を卑下することではありません。ましてや自信を失うことでもありません。 信念は持ち続けても、自分を疑うという姿勢は保つべきであると、考えます。 というのは、まず自分を疑ってみるというスタンスを失ってしまうと、物事を客観的に判断 することが出来なくなってしまいます。そうなると、知らず知らずのうちに自己本位になった り、思い込みから方向性を見失ったりしがちであると、思うからです。 でも実際には、私も思い込みのバイアスに囚われやすいですし、ともすればそこからほころび が生ずることがあります。そういう過ちをなるべく少なくすることが、生きる上の課題では ありましょう。