2019年11月25日月曜日

白川方明著「中央銀行 セントラルバンカーの経験した39年」を読んで

前日本銀行総裁による、自身の足跡を通して中央銀行とはいかなる機能を有し、
いかなる存在であるべきかを問う、渾身の回顧録です。

中央銀行の使命は、物価と金融システムの安定にあるという著者の信念は、実践
家としての彼の使命感と誠実さを示します。私自身大学で経済学を学び、理論と
現実の乖離をしばしば感じて来ましたが、実際の経済のダイナミズムが、絶え間な
く既存の金融理論を凌駕することを認識しながら、なおかつその時々の最適の解を
希求する、著者のセントラルバンカーとしての姿勢に、感銘を受けました。

彼の日本銀行在籍中の出来事の回顧で、まず印象に残ったのは、1980年代後半
に発生したバブル経済と、その後のバブル崩壊で、この現象が日本社会を大きく
揺るがし、後々まで深い爪痕を残したことは周知の事実ですが、著者はこの現象の
発生、拡大のメカニズムを、発生の初期要因と加速させた要因に分け、初期要因
としては、80年代後半の日本の対外的に見ても著しい、経済活動の好調さから来る
『期待の著しい積極化』と、国内の実体経済が高度成長から安定成長へ向かう中に
あって、将来の業績に対する焦りから来る、金融機関行動の積極化による『信用の
著しい増加』を挙げます。

更にバブルの加速要因として、長期にわたる金融緩和、不動産価格の上昇が、信用
供与をなお拡大させるという景気増幅的な作用、その現象を補強する税制、を挙げ
ています。つまり、戦後の日本の高度経済成長の転換点に色々な要因が重なって、
このバブルは発生したのであり、当時はそれを監視するチェック機能も乏しく、その
崩壊後の処理においても、世論を背景とした政治的思惑によって、対策は後手に回
り、傷跡を広げているのです。

著者のセントラルバンカーとしてのその後の思考のバックボーンには、この時の苦い
体験があると感じられます。

もう1点印象に残ったのは、リーマンショック以降、金利は0%近くに維持されている
現状でも、低い経済成長率を脱することが出来ず、国民がなかなか景気回復を実感
するに至らない中で、政府の執拗な更なる金融の量的緩和の要請にも関わらず、
その真の要因は、この国の少子高齢化と、企業のイノベーションの欠如にあり、小手
先の金融政策で改善するものではないと見抜くところに、著者の透徹した金融の番人
としての面目躍如たるところがあると、感じました。

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