2019年11月11日月曜日

鷲田清一「折々のことば」1631を読んで

2019年11月5日付け朝日新聞朝刊、鷲田清一「折々のことば」1631では
ブルガリア出身の日本文学者、ツベタナ・クリステワの『心づくしの日本語』から、
日本の和歌において、作者不詳の折に書き添えられる慣用語である、次のことばを
取り上げています。

   よみ人知らず

私は以前から、和歌の作者名に代わるこのことばが、何とはなしに気に入っていま
した。

勿論、名の通った歌人の秀歌はあまたあります。でもある歌に〈よみ人知らず〉と
添え書きがあると、それだけで、その歌が魅力的に感じられることがあるのです。

それは何故かというと、他の理由の場合もあったようですが、身分の高い、名の知れ
た歌人に抗して、無名の庶民の歌が公式の歌集に取り上げられているということが、
その歌の上手さも相まって、厳然とした身分制度が存在した時代に、稀有の尊いこと
であると、感じられたからです。

しかし今日の「折々のことば」を読むと、クリステワはこの添え書きを、『誰が作者か
わからないというより、人から人へ伝わるうちに変化し、誰が作者か特定できなく
なったということだ』と、解説しています。

これはこれで素晴らしいことで、この歌が多くの人に愛唱されるうちに、微妙に形を
変え、洗練されて行ったということは、和歌という文化の広がりや、成熟を象徴する
でしょうし、また彼女の言うように、この添え書きは、『歌の背景から表現そのものに
焦点を移す効果』もあったでしょう。

いずれにしても、やはり私は、〈よみ人知らず〉ということばに、その歌を味わう人を
和ませる、素朴さ、おおらかさを感じます。

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