2015年7月10日金曜日

漱石「それから」における、午餐の席での佐川の令嬢の顔貌

2015年7月9日付け朝日新聞朝刊、夏目漱石「それから」106年ぶり連載
(第七十回)に、実家で席を設えられてフィアンセ候補の佐川の令嬢と昼食を
共にすることになった代助が、彼女の顔を観察する次の記述があります。

「代助は五味台を中に、少し斜に反れた位地から令嬢の顔を眺める事に
なった。代助はその頬の肉と色が、著じるしく後の窓から射す光線の影響を
受けて、鼻の境に暗過ぎる影を作ったように思った。その代り耳に接した方は、
明らかに薄紅であった。殊に小さい耳が、日の光を透しているかの如く
デリケートに見えた。皮膚とは反対に、令嬢は黒い鳶色の大きな眼を有して
いた。この二つの対照から華やかな特長を生ずる令嬢の顔の形は、むしろ
丸い方であった。」

代助は明らかに、一目見て佐川の令嬢を好ましく感じたように見受けられ
ます。そうでなければこのように仔細に観察しないでしょうし、おまけに
その表現には、彼女の顔の造作に魅入られている様子も感じさせます。

西洋絵画鑑賞の影響をうかがわせる、柔らかい外光によって浮かび上がる
令嬢の顔の輪郭、形の好い鼻、耳の描写、きめ細かく美しい皮膚の感触、
それに対して印象的な大きな鳶色の瞳がアクセントを添える。

何とも詩的な表現です。代助がこれまで結婚を考えなかった理由としては、
他人の妻とはいえ、恐らく三千代という存在が大きく影響していたでしょう。
しかし佐川の令嬢を目の前にして、彼は自分の結婚ということに対して、
改めて対峙しなければならなくなって行くのではないでしょうか。

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