2015年7月1日水曜日

漱石「それから」における、代助のフィアンセ候補との邂逅

2015年6月30日付け朝日新聞朝刊、夏目漱石「それから」106年ぶり連載
(第六十三回)に、兄嫁に誘われて芝居に出かけた代助が、実はそれが父や
兄が彼に強く勧めている、見合い相手との出会いを演出するための口実で
あった事を知る、次の文章があります。

 「すると幕の切れ目に、兄が入り口まで帰って来て、代助ちょっと来いと
いいながら、代助をその金縁の男の席へ連れて行って、愚弟だと紹介した。
それから代助には、これが神戸の高木さんだといって引合した。金縁の
紳士は、若い女を顧みて、私の姪ですといった。女はしとやかに御辞儀を
した。その時兄が、佐川さんの令嬢だと口を添えた。代助は女の名を聞いた
とき、旨く掛けられたと腹の中で思った。が何事も知らぬものの如く装って、
好加減に話していた。すると嫂がちょっと自分の方を振り向いた。」

本日の回には、まるで一話の短編小説を読むような、構成の妙を感じ
ました。芝居にお供した代助が、その演目を観るのは二回目のために
無聊をかこち、一緒に行った兄の娘縫子との無邪気な会話から、観劇の
肝に思いを巡らし、周りの観客を観察しているうちに、この場が兄たちに
よって仕組まれた、自分を嫁候補の娘と引合すためのものであったことを
知る。

読んでいる私も、代助と一緒に一杯食わされた思いがして、そのはっとする
感触が何かときめきを伴う、心地よさを連れて来てくれました。これも漱石の
優れた作話術の賜物なのでしょう。

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