2019年2月5日火曜日

鷲田清一「折々のことば」1358を読んで

2019年1月27日付け朝日新聞朝刊、鷲田清一「折々のことば」1358では
エッセイスト・森下典子の『日日是好日』から、次のことばが取り上げられています。

  煮えたぎる釜の口に、早苗ちゃんは、水を一
  杓さした。/と、ピタッと松風が止んだ。

この作品が原作で、亡くなった樹木希林が茶道の先生を好演して話題になった映画を
私も観て、門外漢なりにお茶の魅力のエッセンスが感じられたということは、以前この
ブログにも記しました。

ここに出て来る“松風”とは、お茶で使う釜の底に鉄片が漆で貼りつけてあって、その
細工によって湯が沸き出すと自然に奏でられる、静かな音を表す茶道用語で、上記の
ことばは、沸騰する湯に水を一杓さすと、一瞬沈黙が訪れる様を表現しているそうです。

その静寂が、お茶をしている人にはたまらないものであると、私にも推察されますし、
茶席でその瞬間を求めてかたずを呑む一座の人々の姿も、目に浮かびます。

お茶は浮世離れした雰囲気を楽しむもの、ということも聞いたことがありますが、正に
その言葉を凝縮した一瞬が、その場に現出するのでしょう。

茶道とは無縁の私たちにしても、厳粛な雰囲気の中に突然に訪れる静寂は、気持ちを
解き放ってくれて、まるで心が洗われるような新鮮さを味わわせてくれることがあるよう
に、感じます。

例えば雄大な景色を眼前にしたり、鬱蒼とした森の中に一人佇む時、あるいは荘厳な
教会や寺院を訪れた時、私はそのような感覚を体験したことがあったように記憶します。

このような感覚を人為的に味わうことが出来る茶道を楽しむ人々が、少しうらやましくも
あります。

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