2019年2月1日金曜日

鷲田清一「折々のことば」1355を読んで

2019年1月24日付け朝日新聞朝刊、鷲田清一「折々のことば」1355では
経済学者・岩井克人の『二十一世紀の資本主義論』から、次のことばが取り上げられて
います。

  市場経済のなかで生きている人間は・・・すべ
  て市場で投機家としてふるまわざるをえない

投機家とは、「短期的な値上がり益のみを目的に」売り買いする人、だそうです。

私たちが取り扱う絹の白生地の価格は、かつてのように生糸の相場も機能しなくなった
ので、投機的ではなくなりました。これは国内の養蚕家もほとんどいなくなり、相場に介入
することによって養蚕家を保護する必要がなくなったからであり、さらには絹製品の
生産量がかなり減少して、その価格の高下が最早我が国における経済上の影響力を
失ったからだと推察されます。

それはそれでこの業界に携わる者としては不甲斐ない話ですが、私が父の下で見習い
をしていた頃には、実際に生糸相場の上がり下がりによって、我々白生地屋がやきもき
させられることがありました。これもある種苦々しい思いを含みながら、懐かしい記憶
です。

さて絹の価格は別として、上記のことばが示すように、現代のこの国の経済は、確かに
投機的なものに右往左往させられているように感じられます。市場のグローバル化に
よって、異国での出来事が直接に我が国の経済に影響を及ぼしますし、また国内の
悪いニュースもインターネット等を通じてすぐに拡散し、それを巡る思惑が疑心暗鬼を
生みかねません。

そのような社会環境で暮らす私たちも、知らず知らずのうちに浮ついた気持ちにさせ
られているようにも感じられます。せめて先端の競争から距離を置いたところで商いを
している我々は、腰を落ち着けて、お客さまとじっくりと向き合うことを心掛けたいもの
です。

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