私が本書を手に取ったのは、この連作エッセーをまとめた作品が花田の代表作と
言われるのみならず、大部分が第二次世界大戦中に書き継がれたからです。
言論統制の厳しかった折に、『復興期の精神』という主題の下、主にルネッサンス
期を生きた改革者を描くことによって、いかに敗戦後の混迷からの脱却まで見据え
て筆を進めたか、それを知りたいと思ったのです。
しかし実際に読んでみると、恐らく検閲を逃れるためもあるのでしょう、著者の並
外れた博識に由来する衒学趣味や多彩なレトリックの駆使、牽強付会な物言いも
あって大変難解で、私には一体どれだけの部分が理解出来たか、甚だ心許なく
感じました。それで池内紀の解説も参考にしながら、分かる範囲で感想を記して
みたいと思います。
まず、本書の最初に置かれた「女の論理ーダンテ」で、一般に女性が感情的で非
論理的であると見なされる訳を探る参考として、ダンテ『神曲』とバルザック『人間
喜劇』を比較し、チェーホフ『熊』『伯父ワーニャ』を引き合いに出して、修辞的で
あることが女の論理であるという結論に達します。
これは一見女性蔑視に同調するような言い回しに見えますが、しかし最後に修辞
的存在であるイエスと女性の同質性を語り、その理由として両者が迫害に対抗
しうる者として、文章を結びます。この抵抗精神を活写するレトリックの切れ味に、
ある種カタルシスを感じました。
次に、「天体図ーコペルニクス」では、地動説を唱え天文学に画期をもたらした、
いわゆるコペルニクス的転回と、本書執筆中の大戦最中、耳目を集めた思想的
転向を比較し、コペルニクスの転向が決して闘争的ではなく、平和裏のものであり
ながら、その実後世に多大な影響をもたらした事実に触れ、彼にヒューマニストと
しての理想の姿を見出します。この論理の展開も、時宜に適い見事であると、感じ
ました。
最後に、「肖像画ールター」では、宗教改革の実践者ルターのクラーナハによる
肖像画の貧相さー実際に観て、私はそうは思いませんがーから説き起こして、
宗教改革という事件が単に宗教的理由から起こっただけではなく、それを支持
する人々の社会経済環境が深く影響していると、結論付けます。この記述には、
花田の冷静な分析的思考を感じました。
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