2017年11月24日金曜日

梯久美子著「狂うひと「死の棘」の妻・島尾ミホ」を読んで

随分以前に読んだ「死の棘」、読んでいる間終始重い気分に囚われながら、夫婦の
絆とは何かという普遍的な問いに、一つの示唆を与えてくれる作品として、深く心に
残っています。

その記憶に触発されて本書を手に取った訳ですが、何分記憶が薄れているところも
あるので、手探りで「死の棘」を思い起こしながら、この本の記述を追うことになり
ました。

本書では「死の棘」で描かれた世界の前提として、第二次大戦下の加計呂麻島での
ミホとトシオの運命的な出会いから、その背景を含め丁寧に語られていますが、この
部分で私の印象に残ったのは、ミホを始め島の住民は、大日本帝国海軍の特攻艇
隊長であるトシオに島を守る英雄の姿を見ているが、現実は日本軍にとってこの島
は本土を守るための捨て石であり、隊長である彼も米軍進攻の最終局面では、
島民に自決を促すことを求められており、このミホとトシオの互いを見る目のギャップ
が、二人の戦後の夫婦生活に濃い影を落としていることです。

こういうこの夫婦の、極限下の馴れ初めを巡る深く掘り下げた視点を導入すると、
「死の棘」という夫婦の絆を描く小説が、一気に現在にも通じる日本の本土と南島の
歴史的軋轢、支配被支配の関係性を浮かび上がらせることになります。本書に
よって、「死の棘」をより奥行き深く読む視点を与えられた気がしました。

また小説「死の棘」で描かれるミホとトシオの修羅の発端となる、彼の不倫の事実を
記した日記の記述を彼女が見て狂乱する場面の考察では、ミホが夫の不実に
すでに感づいていながら、改めて文字として目にすることによって、あたかも堰を
切るように精神の均衡が崩れた理由の説明に、彼女もまた夫と同じく小説家としての
資質を有していたこと、さらにはトシオが、行き詰まった自らの創作活動を打開する
ために、あえて妻に自身の不倫を記した日記を見せて、彼女の反応を小説の題材に
しようとした可能性に触れた部分に、このお互いに鋭敏な文学的資質を抱える夫婦の
哀しい性、またこの稀代の名作「死の棘」が、文字通り二人が身を削って共作した
小説であることを実感して、再び深い余韻に浸されました。

文学の創造とはかくも過酷なものであり、また優れた評伝とは、主人公の体温や
息づかいまで伝えるものであることを、感じさせてくれる好著です。

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