2017年11月17日金曜日

浅田次郎著「帰郷」を読んで

あの戦争に翻弄された人々の生を静かに見詰める、第四十三回大佛次郎賞受賞の
短編小説集です。

第二次世界大戦の終結から70年以上の時が経過し、戦争を体験していない人が
大半を占めるようになり、その体験の風化が言われて久しい今日、戦後生まれの
著者があえて戦争を語ることの意味は大きいと思います。

なぜなら、負の記憶として埋もれて行こうとするものを、戦後の非戦の価値観に
則って、新たに掘り起こすことになるからです。

今全編を読み終えて深い余韻を伴って感じるのは、あの戦争がその時代を生きた
庶民にとって日常の体験であり、実際に従軍した人々のみならず、銃後を守った
人々、その直接の影響を被った次世代の人々に至るまで、心に哀しみという強い
刻印を残したことです。

しかしそれほどに人の運命をもてあそぶ悲惨な出来事であっても、悲しいかな
私たちは、直接の影響関係が薄れるに従って、忘却の彼方へと追いやってしまう。
その点からも、あの戦争に心身を傷つけられた人々の想いを、自身に引き付けて
追体験出来る本書の意味は大きいと感じます。

「歸鄕」は、庄屋の長男がようやく戦地から引き揚げてみると、戦死と思い込んだ
周囲の画策で、すでに彼の妻と弟が再婚して家を引き継いでいるために自宅に
帰るに帰れず、、茫然とする中で街娼と結ばれ、生きる希望を見出す物語です。

「鉄の沈黙」は、ニューギニアの激戦地である砲兵が上陸から、敵軍の激しい攻撃
により命を散らせるまでの、束の間の時間を描く物語です。

「夜の遊園地」は、父を戦争で失い、遊園地でアルバイトをしながら大学に通う
苦学生の青年が、母の再婚を心から受け入れるまでの物語です。

「不寝番」は、集合訓練の不寝番に立つ、明日射撃競技会に出る自衛隊員が、
時空を超えて戦争中の不寝番の兵士と出合い、射撃の極意を伝授される物語
です。

「金鶏のもとに」は、心を深く傷つけて復員した兵士が、戦後の困窮の中を生きて
行くために、自らの意志で片腕を切断して傷痍軍人となり、物乞いで生計を立てる
物語です。

「無言歌」は、海底に沈み、航行不能の潜水艦の中で、二人の若い海軍中尉が
酸素が尽きるまでまどろみ、夢を語り合う物語です。

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